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2009年5月

2009年5月27日 (水)

マイ センチメンタル ジャーニー・リポート⑤ はみ出し情報

JTBがどういう意図で企画したかはわかりませんが、142
このツアーはインドネシア・ビギナーにはピッタリでしょう。
実際はインドネシアを懐かしがる、センチメンタル・ジャーニーの参加者が多かったようです。
あまりにも盛り沢山で、個々の印象が薄れるのですが、とにかく気楽で安い。
個人旅行で同じコースをたどったら、金額は2倍ではききますまい。

このツアーリポートも、ガイドブックを開けば出ている、様な事は触れませんでした。
本文に書けない、あるいははみ出しで役に立つ情報を、いくつかお届けしましょう。
写真は内容と関係ありません。
つたない旅行記にお付き合い頂きまして、有難うございました。
 (残念ながらロスミナとの再会はございません)

(1)ED(出入国)カードの半券は無くさないで
出国手続きが済むと返してくれますが、搭乗待合室に入るとき回収します。
何故こんな事をしているのか判りません。2147
このことはガイドブックにも出てきません。

(2)小さな法律違反
ウブドの市場でタカノツメ(緑の小さな唐辛子)を見かけました。
一掴みRP2,000;-(¥20;-)、持ち帰って洗剤でよく荒い、刻んでお醤油に混ぜ、
ケチャップチャベイを作りました。
洗ったせいか、時間が経ったせいか、香りも辛さも物足りません。
やはり現地でないとダメなのでしょうか。
一掴みの生唐辛子でも、本当は植物検疫が必要なのでしょうね。

(3)定価販売
バリの専門店で買ったガムランのCD、定価とのことでしたが空港内売店で
同じものを見かけました。定価も同じです。
観光スポットでしつこくまとわりつくもの売りが、精一杯負けたようでも、3172
定価以下にはならないそうです。

(4)インドネシア産のお酒
ビンタンビールは有名ですが、他にアンカーとバリハイという銘柄があります。
アンカーはちょっとクセがあり、バリハイは軽い感じです。
価格はこの順番で安くなります。
ハッテンワインという、バリ島産のワインはオススメです。
ライトボディですが、特にロゼが口当たりがよろしい。
空港の売店でフルボトルRP165,000;-(¥1650;-)でした。

(5)通勤電車
JRのお古のような電車が、通勤通学に活躍しています。冷房はありません。
ドアーを開けっ放しで走行しています。
今回のツアーでは行きませんでしたが、ジャカルタ北部のスンダクラパ港では、
写真のような木造船が今でも離島航路に就航しています。
荷物の積み下ろしは人海戦術の人力です。

その他もろもろありますが、これくらいにしましょう。

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2009年5月26日 (火)

マイ センチメンタル ジャーニー リポート④ ジャカルタで美女と再会

Monas ジャカルタの変貌には驚かされました。
私の在インドネシア時代は数少なかった超高層ビルが林立し、高速道路は空港から市内まで完成しています。
メインストリートには、トランスジャカルタという高速バス専用レーンが走っています。
かつて勤務したオフィスがあったヌサンタラビル(30階)や、ラトウプラザ(32階)も教えてもらわないと、どれだか判りません。
経済が弱いはずのインドネシアで、何処にこんな活力があるんでしょうか。

私はインドネシアに、前後3回合計5年半暮らしましたが、モナス(独立記念塔)もイスラムモスクも、初めて訪れました。
モナス地下の稚拙なジオラマ(インドネシアの歴史を表現したもの)で、日本占領時代のあまり過激なものは、削除したとか。
アジア最大というモスク内部も始めて入りました。
これがパックツアーの良いところです。ジャカルタのガイド、ヘルマンさんは大ベテランの感じ、でもちょっと全ておおざっぱ。

ジャカルタは1泊だけなので、充分な時間が無く、かつての同僚などには連絡してありません。それでもジャカルタで是非訪れたいお店がありました。
ジャカルタ南部の高級住宅街にあるブロックMのカラオケスナック「慈恵」です。ここのオーナーママ幸子さんには、ジャカルタ在住当時、本当にお世話になりました。Photo_4
ママさんには借家の事や、信頼できる女中頭を紹介して頂き、快適なジャカルタ生活を送る事ができました。
インターネットのおかげで、お店が健在なのを知り出かけました。市街中心にある泊まったホテルから30分です。

お店は2階から1階に移ってリニューアルされ「New Jikei Sachi 幸」の看板が控えめです。幸いママさんはいました。
覚えていてくれて、とても喜んでくれました。
挨拶が済んでの第一声が「私太ったでしょう?」
キップの良い姉御肌ですが、やっぱり女性ですねー。まだまだ美しさは変わりません。
インドネシアでは輸入酒の税率を300%に引き上げたとかで、国産ビールとワイン以外はメチャメチャに高くなりました。
ビール(小瓶)3本とえだまめ、わかめときゅうりの酢の物に、若いキレイなおネェちゃんとカラオケをデュェットしたりして2時間、RP242,000;-(¥2500;-)でした。Photo_6
会計するちいママが確りしているので、特に安くしてくれた訳ではありません。

夜の一人歩きなのと、帰り道の安全を考えてホテルタクシーをチャーターしました。
3時間半でRP180,000;-(¥1800;-)です。お店の前で待たせておきました。
¥5,000;-足らずの夜遊びです。ドライバーはいかつい顔の怖そうなヒトでしたが親切で、訛りの強いインドネシア語には参りました。

残念ながら、ママさんに頂いたメールアドレスが通じません。
久方ぶりにエアメールで出そうと思っています。
モナスの写真は、ウィキペディアより拝借(許可確認済み)しました。
頂上の炎は35kgの純金だそうです。

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2009年5月25日 (月)

マイ センチメンタル ジャーニー・リポート③ ボロブドールは秋に来る?

Photo 世界遺産ボロブドール遺跡は、何度訪れても圧倒的な迫力です。ジョグジャカルタのガイド、ジャジャールさんはマジメな方で、遺跡基壇のレリーフを全部説明してくれました。
遺跡観光に先立ち、ホテルで30分ほど遺跡説明のビデオがありました。インドネシア政府観光局作成の日本語版で、良い企画です。要点が要領よくまとめてあります。

日差しが強いので、日陰に入ると良いのですがとにかく暑い。
「今度来るときは、涼しくなった秋にしよう」と言ったら、くすくす笑ったご夫人もいましたが「だってインドネシアはいつも夏なんだからムリですよ」と仰る、マジメーなお方もおりました。

東西5,000kmに及ぶインドネシアの中央がジャワ島、そのジャワ島の中央に古都ジョグジャカルタがあります。文化と学究と歴史の街で、インドネシアの京都です。
かつて在インドネシア時代、片腕となって働いてくれた人が、このジョグジャの出身で、故郷をとても誇りにしていました。

ボロブドールと並ぶ世界遺産プランバナン遺跡は、3年前のジャワ大地震で被害を受け、目下修復工事中。日本も多大な資金援助をしています。仏教とヒンズー教の違いはありますが、古寺としてはプランバナンの方が、端正な美しさで飽きません。
ちなみに60km西方のボロブドールは、地震の被害は無かったそうです。Photo_2

ジョグジャ市内からプランバナンに向かう手前に、チャンディ・サブミナリという小さなお寺があります。形はプランバナンのロロ・ジョングラン寺院にそっくりでこじんまりとしたものですが、発見されたのが1967年とか。インドネシアは本気で開発したら、何が出てくるか判りません。

このジョグジャカルタで良かったのが、初日昼食のアヤムゴレン。日本のから揚げより、ころもの付いたフライに近いものですが、これが全員美味しいと絶賛。この街の名物とか。
もう一つがラーマヤーナ野外オペラで、セリフはありません。
1時間半のロングランなので、1時間鑑賞しましたが全部見たくなりました。観光用でなく手抜きの無い本物の感じで、ヒロインのシンタ姫を演じる女優さんの気品ある美しさとともに、強く印象に残りました。

中部ジャワの王様の子孫が今も住んでいるという、王宮には行きませんでした。ジョグジャカルタは市内も郊外も、まさしく遺跡だらけ。大学も多く、名門国立ガジャマダ大学を始め、80もあるそうです。

Photo_3 カメラがトラぶって、満足な写真がありません。
プランバナンのロロ・ジョングラン寺院の写真は、あるHPから拝借しました。
トラブル初期の写真で、大きな果物が幹から直接ぶら下がっています。PCで画像処理して、いくらか見られるようになりました。

次は首都ジャカルタです。

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2009年5月24日 (日)

マイ センチメンタル ジャーニー・リポート(2) ブーゲンビリアに味の素?

Photo_2 バリではホテル別に8名ずつに分かれて、マイクロバスでした。
パンジーさんというガイドは、なかなか機転も利いて話が巧く楽しめました。その中のケッサクがこれ。
ブーゲンビリアはやせた土地でも良く育つが、肥料やると樹ばかり育って花が咲かない。米のとぎ汁に味の素を少量混ぜると、確実に花が咲くのだとか。
味の素の社長さんでも、こんな利用法は知らないでしょう、と笑っていました。ホントなのー?

ウブドのモンキーフォレストではスコールにあいました。ガイドさんと相合傘。駐車場への道はまるで川状態。
「スプルティ スンガイ(まるで川だね)」と私が言ったら「ヤー ブトゥール(ホントその通り)」とガイドさん。
その後ギョッとして「インドネシア語出来るんですかー?」
ガイドさんの日本語に敬意を表して、それまで日本語で話していました。

パックツアーに含まれる食事はお粗末ですが、JTBが値切り倒しているのかもしれません。ウブドのレストランの昼食でビールは最高値。ビンタン大瓶でRP50,000;-、ちなみに泊まったホテルのレストランではRP20,000;-(¥200;-)でした。Photo_3
レストラン側でも、飲み物で埋め合わせしているのでしょう。

バリ島最南端のワルワトゥ寺院は、初めて訪れました。クタから1時間以上かかります。ここでケチャックダンスを鑑賞しましたが、すっかりショー化してました。
Photo_4 本来は、王様が神にささげる神聖な儀式だったのですが。
隣に座った白人の青年、素晴らしく上手な日本語を話します。
ノッポでイケメンで礼儀正しく、ツアーグループのご婦人方はポーッ! 
カタコトではなく、きちんと教育を受けた日本語でした。

全行程ガルーダ航空でしたが、お役立ち情報などはSNSのトピックに入れました。
http://smcb.jp/_bt01?topic_id=298444

バリ島で買ったガムランのCD、これは良かった。Cd
管楽器の入るガムラン音楽はジャワだと思っておりましたが、3日目のバロンダンスのオーケストラ?のバリガムランも管楽器が入っておりました。
ガムランについては、SNSにアップしました。
http://smcb.jp/_bt01?topic_id=298464

次はジョグジャカルタです。世界遺産を訪ねます

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2009年5月23日 (土)

マイ センチメンタル ジャーニー・リポート(1)

Photo JTBのパックツアーに参加して、バリ、ジョグジャカルタ、ジャカルタと歩いてまいりました。エスニックに弱い女房殿は辞退して、単身参加です。
観光つき、全食事つきの横着物向き?のコースです。ガイドはそれぞれの地域のJTB契約ガイドでした。
要所要所を要領良く周ってくれて、全てアナタ任せ、気楽です。同行者は16名、同年輩の方々でインドネシアに関わりのある方のようでした。私にとりましてもセンチメンタルジャーニーです。ジャカルタに立寄るコースは、なかなかありません。

旅行条件なのでしょうが、お買い物案内が多く、朝8時から夜10時までぎっしりで、かなりハードスケジュールでした。
ツアーに含まれるお食事は、最初から期待はしておりませんでしたが、全体にお粗末です。ただジョグジャカルタ(3日目)昼食のアヤムゴレン(インドネシア風鶏のから揚げ)は、名物だけあって、これは美味しかった。初めて訪れたところも多く、割り切ってしまえばそれなりに楽しめるツアーです。1_2

持参したコンデジが2日目あたりから故障して、ボロブドールやプランバナンの遺跡など、ほとんど写真が撮れませんでした。
写真の無い分を面白い話で補って、ツアーリポートをお届けしましょう。
豚インフルエンザにもかからず、無事生還しましたがウイルスは付着しているかもしれません。ウイルスセキュリティを有効にしてご覧下さいますよう、お願い申し上げます。(苦笑)

Photo_2 写真は初日の夕食で、サヌールビーチのシアターレストランのウエイトレス(了解を得てあります)と、2日目夕食のジンバランビーチのシーフードです。ビールが高い(ビンタン大瓶で¥500;-)のには参りました。
ちなみに泊まったホテルのレストランでは¥250;-です。

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2009年5月14日 (木)

クンロク大関

大関陣が不甲斐ないと言われて、すでに久しい。
5大関で日馬富士以外は全部ダメ。

千代大海に至っては、今日(5/13)の鶴竜戦はどっちが大関ダーと言いたくなる。
カド番脱出の記録保持者だが、もはやこれまでか。
琴光喜、琴欧州は大関を維持するのに精一杯。Photo
お嫁さんももらったしね。お大事にー!
魁皇は、横綱に一番近い大関といわれていたが、もう限界。
ご苦労様でした。
さて日馬富士、モタモタしていたが、今場所でやっと目を覚ましたか。
多少は横綱の可能性もある。
大関になるのに精一杯で、9勝6敗を重ねてクンロク大関なんて呼ばれる、
強くない大関なんぞ見たくない。

大相撲を記事にすると、力士の名前を入力するのが結構大変。
魁皇は素直に出てきたけど・・・・・。
写真は全く関係ないけど、東北新幹線八戸駅の小唄寿司です。
何か絵が無いと淋しいから。

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2009年5月11日 (月)

0070 ソロセーリングでフネから転落した!

Photo_2 一人で乗っていたヨットから転落した!
海は荒れ気味、セールは半降り、エンジンは微速前進。
あっという間にフネは1m以上も離れてしまった。

セーリングに良い季節になりましたね。どうぞくれぐれも安全にはご留意のほどを、酔っ払い運転はイケマセン。
シーマンとしての恥を忍んで、死に損なった体験談を公表します。
 世のセーラーたちの安全を、切に願って・・・。

         ************************
            「ある落水事故」(1)
          ************************

 2004年7月25日(日)は晴天で暑く、東京湾北部は風が強かった。Photo_3
気象に関する注意報、警報は出ていない。ギラつく真昼の太陽がまぶしい。
 仲間のドタキャンで、私は一人で自艇ロスミナ‐Ⅱに乗り、千葉市いなげの浜沖5㎞、観潮塔付近の海上にいた。数日来の予報から、気象海象はこれ以上悪くはなるまいと判断する。
 主帆を揚げるのにかなり苦労したくらい波がきついので、前帆は安全のため揚げない。
 しかし危険なほど悪い情況とは思えず、主帆のみで飛ぶように走る。ジャジャ馬慣らしのような操縦感覚は捨てがたい。
 私はまだ豪快なオーシャンスポーツと、ワインを楽しむ余裕があった。風速10mくらいか、あたりは白波一面。

 早めに切りあげるべく、千葉港口の5番ブイ方面に向かう。キャビン内はもまれてメチャクチャだが、フネには特に異常はない。学生たちの小型艇は引き上げたようだ。
 エンジンを微速前進に入れ、風に正対し帰港準備にかかった。舵はゴムひもで結んであるが、それでも波がきつく直進してくれない。
 帆を降ろしにかかったが、風が振れて途中で引っかかった。暴れまわるフネを立直しながら、コックピットとデッキの間を何度も往復した。何度目かに引っかかった帆を解いているうち、大きい横波を食って体が右舷側に落ちかかった。

Photo_4  「やばい!」と立て直そうとしたが、ワインの酔いもあって踏ん張れず、体は水中に落ちた。フネのライフラインをつかんでとにかく離れないようにしたが、次の波を食らったときはあっという間に1m近く離れてしまった。15時過ぎ、引き潮の始まる時刻である。

 微速とはいえ前進に入れてあるエンジンと、降ろしかけで半効きの主帆でフネは結構速い。ライフジャケットをつけ衣服を着たままでは、追いつけるものではない。体力の消耗する方を恐れた。こんなときに限ってフネは正直に直進し、港の奥に向かっている。

 海水は暖かく、風と波は激しいが、とにかく浮いていられる。水を飲まないように気をつけた。水を飲むと、急速に体力を失うものらしい。ライフジャケットだけが頼りだ。いつまで浮いていられるのか。幸いケガや打撲はしていない。眼鏡を失わなかったのは、ラッキーだった。

 岸からはおよそ3km、ブイまで700m位あるだろうか。
 意を決して5番ブイに向かう。風と波は真向かいの方角になる。果たして行き着けるか、たどり着ければ助かる。
 幸い日没まではかなり時間の余裕はある。泳いでみても進んでいるのかどうか、全く判らない。少しでも疲れないように、波の静まったときを見ては「ちょっとタンマ」と休んだ。

 干潮時に入り、少しずつブイが大きく見え出した。引き潮はブイへの接近を助けてくれるが、つかまりそこなったら、沖に流されてしまう。抜き手を切る腕がだるくなった。1
 およそ50分泳いで、ブイのはしごまで数10mにせまったが、自分自身に「あと100m」と何度も言い聞かせる。1回でつかまないと、再度挑戦する気力体力が残っているか。波と風を見計らって慎重に接近した。
 ブイのはしごに取りついて時計を見たら15時50分。
 
                    (「ある落水事故」(2)に続く)

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2009年5月 5日 (火)

ツエッペリン・ビール

Photo ドイツ人技術者ジョセフ・ヒューバーさんから頂いたドイツビール、昨日開けました。Photo_3
ドイツの飛行船製造会社ツエッペリン社が、ビールまで作っているとは思えませんが、
箱もボトルも飛行船のイラストとドイツ語ばかり。

昨年、ヒューバーさんとともにNHK-TVニュース特集に出演した事があります。
そのときの写真を送ったらとても喜んでくれて、
自分のオフィスに額に入れて飾ってありました。

2月末に来日したとき、お土産にPhoto_2 もらってから、
冷蔵庫に入れていたとはいえ、ちょっと恐るおそる。
ハーフ&ハーフみたいでコクがあり、流石に旨い。
それにしてもこの重いの、よく持ってきたなー。
1リットルボトルなので、1本だけでもかなりの重さです。

Photo 昨日は孫たちと息子夫婦も来て、ちょっとした家族パーティ。
3歳の孫(男の子)は、目下電車に夢中。
近くの踏み切りに行って、急行だ準急だ、有楽町線、副都心線など
全部覚えてしまってる。子供の記憶力は凄いですね。
この孫は私が持ち帰った、ツエッペリングッズのバンダナが大のお気に入りです。

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2009年5月 1日 (金)

0069 じんべぇざめ

しばらく水族館に行っていません。
仲間から「この頃ブログにお魚が出てこねぇナー」といわれました。
あすは都内のアポが18:00なので、その前に葛西(臨海水族園)でも覗いてみようかな。混んでるだろうなー。

      Photo                                   世界最大のお魚、ジンベェをご紹介しましょう。196
 私はこのお魚が大好きです。
このエッセイは私のごく初期の作品で、講師には不評でした。
現在日本最大の水族館は、沖縄ちゅら海水族館です。大阪海遊館も負けます。ジンベェ2頭、マンタも2頭、その大きさには圧倒されます。
鹿児島水族館にもジンベェの赤ちゃんがいて、大事に育てられています。

  
下手くその見本のような写真ですが、コンデジではここらが限度でしょう。
本文は1997年当時のお話です。

          ***********************
            「じんべえざめ」     
          ************************

  「じんべえざめ」をご存じでしょうか。
 世界最大の魚で、大きいものは20mにも達するそうです。サメにしては性質がおとなしく、ちょっと神経質なところがあります。
 暖かい海を好み、大抵は単独かカップルで群れはあまりつくりません。頭は偏平で大きな口に歯はほとんど無く、その両側に可愛い小さな目があります。全体はツヤ消しの灰褐色で白い斑点が散らばり、腹部は乳灰色です。体側には片側3本のモールド(突起状の線)が尾にむかって走り、スマートとは言えませんが、なかなかお洒落ないでたちです。
 大阪近辺にお住まいなら、このじんべえざめを身近に見る事ができます。大阪市の誇る1 大水族館・海遊館に開館時からいるメスの「遊ちゃん」はまだヤングで体長は7m、それでも圧倒される大きさです。

 私は子供の頃から水族館が大好きで、東京と大阪の近郊の水族館は殆ど行っています。じんべえに魅せられて、海遊館にもずいぶん通いました。「遊ちゃん」とも顔なじみになり、行くとそばによってきます。ホントですよ。でもボーイフレンドの「海くん」が来てからは、行っても近寄ってこなくなりました。

 じんべえは飼育が大変難しく、以前は沖縄海洋博記念水族館にもいたそうですが、現在はじんべえの見られる水族館は、世界中でここだけです。(注) じんべえざめの寿命や生態は、まだよくわかっていません。卵胎生(ふ化直前の卵の状態で生まれる)らしという事も、ごく最近わかったことです。

 主食はプランクトンで、大きな口でガバッと海水と共に飲み込み、エラでこしとります。時には海面から垂直に頭を出して大きな口を開き、そのまま沈み込んで一気に大量に飲み込んだりするそうです。プランクトンを追ってきた魚やカメまで一緒に飲み込んで、消化し切れない固形物は、口から胃袋を反転してはきだします。

 水族館ではこんな事はさせられないので、どうやってお食事させるかが大問題です。プランクトンに似たオキアミなどを食べさせるのですが、これは他の魚たちも大好物で、水面から与えるだけではほとんど横取りされてしまいます。
 海遊館には給飼のプロがいて、じんべえ逹とコミュニケーションが出来ていてます。ハラ時計でわかるのか、お食事の時間になると水面近くを泳ぎ回り、ひしゃくで水面を叩くと寄ってくるので、大きく口を開けた鼻先にひしゃくでオキアミをぶちまけるんだそうです。Photo_2
1日10数キロも食べるので重労働でしょう。

 漁師はじんべえを見かけると“大漁のまえぶれ”と喜びます。おそらくじんべえのいるところにはプランクトンがいて、そのプランクトンを追って魚が群がるからでしょう。
 海遊館の大水槽は世界最大級の大きさですが、それでも2匹(2頭と言うのでしょうか)では一寸かわいそうです。いずれ何年か後には、狭くなるでしょう。そうなったら南の暖かい海に帰してやるのでしょうか。    
                                  (了)
                 NOV-08-1997

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