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2009年4月

2009年4月29日 (水)

0068 ぶんけん

 漢字検定が大変なことになっているようです。Photo
英検と並んで、資格検定の最大手ですが、年間受験者数が270万人とはオドロキです。
英検はこれより多いのでしょうか。

 これに比べればはるかにマイナーですが、文章能力検定試験、通称ぶんけんというものがあります。文字通り文章能力を問うもので、ビジネスレターや冠婚葬祭の挨拶状など、作文能力を判定するものです。どのようにして採点、判定するのかと思いましたが、なかなか良くできた検定試験です。
まだ10年くらいの、比較的新しい資格検定で、私が受験したときは2級までしかありませんでした。
 その後、最上級の1級に挑戦しようと思いましたが、苦手の古文が出題されるので止めました。
 もちろん作文能力は文才によるもので、1級取ったからといって、名文が書けるわけではありません。調理師免状を有するからといって、お料理の味とは無関係なのと同じです。

 それにしても、資格検定は大はやり。日本人の資格幻想は、まだまだ健在です。取りさえすれば食うに困らない資格、などというものは存在しません。そんなものがあれば、猛勉強してでも取ります。
 私は仕事柄、資格とか免状はザルに入れるくらいありますが、それらは皆仕事をするためのツールなのです。

 「ぶんけん」を題材にしたエッセイがありました。文章教室に通い始めた、比較的初期の作品です。それにしても、我ながら進歩が無いナー。 
        (写真はイメージで本文には関係ありません)

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             「ぶんけん」
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 Photo_2 文検、正式には日本語文章能力検定試験という。
資格検定試験が大はやりの昨今だが、かなりポピュラーになった漢字能力検定試験に比べ、平成10年発足の比較的新しい民間検定資格である。実施団体は京都市にある(財)日本語能力検定協会といって、試験は年3回全国で行われる。まだマイナーで、あまり世間に知られていない。

 今年の春、思いがけないことからこの文検を受験する事になった。ワープロを使う人なら思い当たると思うが、極端に漢字を忘れる。読めるけど書けない。最新のパソコンのワープロソフトなら難しい漢字も、かなりの長文も適確にバランス良く変換してくれ、しかも悪筆を恥じることもない。
 私の身のまわりに、漢字検定を受験するのがちょっとした流行になっている。1級から7級まであるこの資格試験は、特に奥様方には一種のカルチャー・ステイタスであるらしい。冗談半分に勧められ、漢字はダメだけど文章なら、というのが発端だった。

 漢字検定の問題は、4級(義務教育終了程度)でも私にとってはかなり難しい。2級や1級となると、とうてい歯が立たない。その点文章なら、要するに書けばいいんだろう、と軽く考えていた。
 文検には1級はまだ無く、2級から7級までである。どうせ受けるなら最上級である2級にしてやろう、と資料を取りよせ問題集を買い込んで、久方ぶりの受験勉強を始めた。

 協会はインターネット上にホムページを開設していて、受験の受付けはもとよりいろいろな疑問、質問にも応じてくれる。相談した結果、ワンクラス下の準2級なら合格ラインにいくらしい。
 それにしても、文章の出来不出来を、客観的にどう判定するのだろう、と興味があったが資料によると、大変合理的な採点制度ができているのに感心した。Photo_3
 出題に対する解答文の、具体的な加点減点の基準が定められ、合否の判定が受験者自身でも出来るようになっている。

 結果は見事に不合格だった。検定試験である以上当然だが、制限時間内に、という条件をケロリと忘れて、いい文章を書いてやろうと意気込み、90分では終わらなかった。雪辱を期してこの10月、再挑戦してやっと合格証書を手にすることができた。
 何かに役立つという資格ではないけれど、私には貴重な経験であったと思っている。                                                                                                                                                         (了)

      課題-1「今年のベストワン・ワーストワン」  1020字  (2000.11.26)

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2009年4月27日 (月)

久しぶりの日曜大工

フェンス工事のあまりを使って、勝手口に小さなブラインドをつけました。2009_04240002
夏になると風通しのため、勝手口を開けることも多いので。
我が家は風通しが良いのか、割合夏に涼しい家です。
写真は完成品と取り付けたところです。

外枠は木製ですが、ウレタンペイントを3回塗りしてあります。
ちょっと寸足らずのところがありますが、残材利用なので仕方ないか。
久しぶりの大工仕事、えらく疲れました。2009_04240005
この前の障子と地袋のふすま張りもそうですが、ひざが痛いので、
立ったりしゃがんだりを繰 り返す仕事は応えます。
我ながら意気地が亡くなりました。

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2009年4月21日 (火)

0067 美女と大男(2)

美女の登場です。後にこの美女が、我々航空関係者を統括する最高責任者となりました。国土交通大臣です。
イラストは、その後民間VIP専用機に採用されたシコルスキーS-76で、204Bと比べ、速度は1.5倍、航続時間は3倍となりました。S76


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                 「美女と大男」(2)
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 選挙戦も終盤に近づいた11月半ば、東北方面の遊説を終わって今日から中部、
関西方 面に向かう日の早朝のことであった。
 クルーは機長がM運航部長、副操縦士は運航課のF操縦士の両ベテラン、確認整備士は私である。
 東京ヘリポートで待機する私たちや報道関係、警備陣の前に大男は妙齢の美女を伴って現れた。元宝塚スターで女優出身の一年生議員らしい。何とかに鶴が舞い降りたような風情だ。
 選挙のせいか、美女は私たちにも「ご苦労様です」と愛想がよい。

 随行の秘書やSPらしき人を含め搭乗客は6名、VIPシートにしている機内はあまり余裕がない。予定よりかなり遅れて長野県南部の飯田市に向かった。これから約1週間各地を遊説して、最終目的地は大臣の地元である山口県宇部市である。

 機体は好調で、不具合なところは特にない。しかし、北日本の遊説で私には気にかかる事があった。
 ジェットエンジンは始動時に大電流を必要とする。各地で頻繁に始動停止を繰り返し、機上バッテリーには非常に過酷な条件である。
 試運転時の電流計の、微妙な指示が気になった。バッテリーがアウトになったら、
エンジ204b ンスタートができない。

 今回は万一に備えて、無線機とバッテリーの予備を借り出して積み込んだ。燃費軽減のため少しでも機体は軽くしたいが、資材輸送機なので無線機は1台しか装備していない。無線が通じなくなったら、文字通りの音信不通だ。

 大阪の遊説では翌日の出発が早いので、中之島の朝日ヘリポートに特別の許可を取って係留した。大阪朝日ビルの屋上で、階下は大阪グランドホテルになっている。
 チェックインしたとき「ヘリコプターで屋上からお見えになられたお客様は初めてです」といわれた。

 岡山県津山市に向かう途中で、機長から客席にいる私にインターホーンで「バッテリ・コーション(注意灯)が点灯した」と知らせてきた。
 これはバッテリー内部の温度が異常に上昇していることを示している。
 案の定だ。機上バッテリーは小型軽量高出力の特殊なもので、過熱すると火災になる。副操縦士がさりげなく、クリップボードを黄色ランプの上に被せて、お客さんから見えないようにした。

 大臣と美女は飛行中いつも寝ている。しかし大臣の秘書は私に「何かありましたか?」と聞いてきた。私は予備を持参していることを機長に伝え、機長が必要な処置を済ませたが、次の着陸まではことのほか長く感じた。着陸後バッテリーの交換は10分で終わった。

 山口宇部空港は大変な騒ぎだった。選挙戦のフィナーレを飾って、美女と大男が空から舞い降りる。地元が生んだ大臣の里帰りとして、これ以上の演出はない。
 大臣は大男ではあるが野人ではない。
最後に機を離れるとき、私たち一人一人に握手して「ご苦労さん。どうもありがとう」とねぎらってくれた。グローブのような大きくて分厚い、人の心を包み込むような手だった。

 次期総理の第1候補とされ、政界のホープであった安倍晋太郎氏は平成3年5月、惜しまれながら病没した。享年67歳。
 そして美女の新人議員は今、我々航空関係者を統括する最高責任者となっている。現在の国土交通大臣・扇千景氏である。
 また、飛行中私によく話しかけた大臣秘書は、安倍大臣の次男安倍晋三氏で、内閣官房副長官として北朝鮮拉致事件で大活躍し、誠実な人柄は関係者から厚い信頼が寄せられている。
                                   (了)

 S76                                   ―付記―
 本編をまとめるにあたって、A航洋元総務部長・森田正氏に大変お世話になった。氏の記憶力と人脈の広さはいささかも衰えず、敬服のほかはない。氏と安倍大臣とのかかわりは、同誌2003年4月号に詳しい。石原慎太郎・東京都知事とは今でも親交があるという。

 また、内閣官房副長官・安倍晋三氏は今回自民党幹事長の要職に就任され、国土交通大臣は扇千景氏から石原慎太郎氏のご長男、石原伸晃氏に交代されたのは、ご承知のとおりである。            
                               2003.09.23

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2009年4月20日 (月)

0066 美女と大男(1)

定額給付金も支給されて、これで解散総選挙が近づいたのか遠のいたのか、さっぱり判りませんが、いずれ選挙はあるでしょう。

選挙ともなれば、閣僚級の大物は自分の選挙区は後回しにして、傘下子分どもの応援に日本中を飛び回ります。
古い話しで恐縮ですが、ある総選挙で大臣のヘリコプターのクルーを務め、飛行中大臣秘書にいろいろ話しかけられました。
バツグンの毛並みと端正な風貌のこの大臣秘書は、後に総理大臣になりました。193

このエッセイは、月刊誌「ヘリコプター・ジャパン」2003年10月号に掲載されたものです。従いまして、政府要人の顔ぶれなどはその当時のもので、その後の動向は皆様が良くご存知の通りです。
現在はヘリコプターの性能が飛躍的に良くなり、私のした苦労は半減しているでしょう。

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            「美女と大男」(1)
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 故安倍晋太郎氏は、力士のような大柄な人だった。
 東大法学部在学中はラグビーの選手であったらしい。毎日新聞政治部記者から総理大臣の秘書となり、その後トップ当選で政界入りして、連続12回の衆議院当選を果たしている。衆議院議員・故安倍寛氏を父とする親子三代の政治家の二代目である。

 名物宰相といわれた故岸信介氏を義父とし、政界の若きプリンスとして第一次中曽根内閣では、外務大臣として入閣している。山口県四区の選出で、昭和57年11月の総選挙に臨んで、傘下各候補者の応援に日本中を飛びまわっていた。

 私の勤務先であったA航洋は、総選挙に際し大挙してヘリコプターを提供していたが、当時の自由民主党清和会にも中型機3機がチャーターされ、それぞれ選りすぐりのクルーを配置した。私が担当したのは安倍外務大臣の専用機、富士ベル204B‐2・JA‐91XX号機である。
 204b 分秒刻みで行動する大物政治家の選挙運動には、ヘリコプターは高価だが貴重なツールであった。ちなみに中曽根総理は他社の大型ヘリ、川崎バートルKV‐107を使用している。チャーター料金は、当時の認可料金では時間当たり100万円近いだろう。

 ヘリコプターに限らず、すべての航空機は飛行場以外の場所に発着してはならない、と日本の航空法に定められている。例外的に飛行場以外の場所に発着するには、地主の承諾はもちろんであるが、まず運輸大臣の許可が必要なのである。この手続きを場外離着陸申請という。どんなに立派に整備されたヘリポートであっても、正規の認可された飛行場でない限り場外離着陸場なので、発着の都度改めて許可を取らなくてはならない。

 実はこの場外申請が大問題なのであって、申請の通りに使用しないと法に反することになる。選挙運動ともなればハプニングはつきもので、予定通りに行動できることのほうが少ない。
 会社の運航管理担当者も知恵を絞って、法の許す範囲で最大限柔軟な運用のできるように手続きをする。少しでも違反があると、候補者自身がライバルの格好の攻撃材料にされかねない。
 事実ある会社のヘリで、候補者のためを思ってグランドの申請した場所でないところに降りたのを、マスコミに大々的に取上げられ大騒ぎになったことがある。

 もう一つの問題が燃料で、発着予定地に事前に配置しておかねばならない。候補者の選挙事務所ではヘリコプターの効果を最大限に発揮させようと、時間ぎりぎりの予定を組む。
 私の担当した富士ベル204B‐2という中型ヘリは、非常に信頼性の高い優秀な機体だ194 が、資材輸送用で航続時間が短い。満タンでも1時間ちょっとしか飛べない。予定はくるくる変わるから、飛びあがったらもう燃料の心配をせねばならない。特に東北方面は航空燃料の拠点が少なく、配置に時間がかかる。

 おらが国さのセンセイの応援に、大臣が空から舞い降りた、というので行く先々で大変な騒ぎになる。大臣はにこやかに応対しているが、手がしびれるのではないかと思うほど握手攻めだ。まわり中舞い上がっているから、不用意にヘリに近づく人もあって危なくって仕方がない。
 高速で回転している後部ローターに、人が接触したら即死する。物が触れたらヘリが壊れる。
 地元のセンセイやその後援者は、大臣と写真を撮ったりして予定はどんどん遅れ、燃料はどんどん減っていく・・・。
                               (つづく)

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2009年4月15日 (水)

痴漢容疑の無罪判決に拍手

1審、2審の有罪判決であった痴漢容疑に、最高裁が無罪判決を出した。
審理差し戻しではなく、無罪判決である。
この異例とも言える最高裁判決に、心から拍手を送りたい。
事件が発生してから、ちょうど2年経っている。容疑者はこの間休職中だったという。
この休職中の補償は、誰がどうするのだろう。Photo

善良な社会人がある日突然、痴漢容疑者として逮捕される。
物的証拠は全くない。
根拠は被害者の供述のみで、実に覚えのない容疑者に、
反証など出来る訳がない。
しかも恐るべきは、こんな事態が今日にでも、私の身にも起き得ることである。

今回容疑者とされた男性は、終始一貫無罪を主張し続けた。
社会的地位もあり、1審2審を覆させる有能な弁護士も得ていた。
一般庶民であったら、とてもできない事だ。
一方的に被害者の言うなりになるしかないのか。
この種の事件では、警察が高圧的で被害者の言い分しか取り上げない、
という話はよく聞かれる。

痴漢事件に関し、TV番組だったと思うが、以前もっと恐ろしい場面を見た事がある。
もちろんフィクションと信じたいが。
女子高生が万引きと同じゲーム感覚で、“痴漢ゲーム”をしている、というのである。
標的にされた男性は、”遊びのために”社会的に抹殺される・・・

  (写真のハイビスカスの花はイメージです)

***** PS *******

4月16日の朝日新聞朝刊社説で、この問題を取り上げていた。
「二重の悲劇を防ぎたい」のタイトルで、被害を受ける被害者と、
冤罪となる容疑者の悲劇、と捕らえている。
従来痴漢容疑者=犯人のイメージが強かったが、濡れ衣かもしれない。
くれぐれも慎重な捜査を、という機運が高まるきっかけとなるこの判決を、
私は心から歓迎したい。

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2009年4月14日 (火)

修理したくても出来ないじゃないの

 市の広報誌に「ゴミの減量にご協力下さい。修理できるものは修理して使いましょう」とありました。
 ちょっと待って下さい。今の日本は、何でも修理できる社会体制には、なっていません。取り替えるのみです。総取替えするなら、アタシにもできる。アッセンブリーで交換するのは、修理とは言いません。

 玄関ドアーのラッチが壊れた。クローサーで閉まっても、ラッチが効いていないから、手Photo で押すと開いてしまう。鍵はかかるから、実用上は支障ないのだけれど、気分が良くない。
 バラしてみたら、中の小さなスプリングが折れてる。これがあれば自分でも修理できる。おそらく数百円だろう。
 ところがトステムによると、ドアハンドル全体でないと購入できないとか。3万円ナリ。ハンドル全体の交換なら、アタシにもプラスドライバー1本で、10分で出来る。腹が立つなぁー、もう!!
 
 玄関ドアハンドルは、ホームセンターで見たらピンキリですが、我が家のに似ているのは¥27,570;-、これ部品代のみ。
わずか数百円の小部品を交換すれば直るのに、3万円でハンドル全体を交換しなければならないなんて、やっぱり腹が立つなー。

 長年使った電子レンジが、ある朝突然チンともスンとも言わなくなった。どうせヒマだからと、早速バラしにかかる。マニュアルなんぞ当の昔に、どこかに消えて無い。サービスマンの方へ、という背面の簡単な配線図が頼り。
 当方は家電の技術者じゃない。立派なシロウトだ。
 追跡の結果、感熱ヒューズが切れたらしい。
ありあわせの銅線でつないで、恐るおそるテスト。ブーンッ、直った!
 Photo_2 もちろん、こんな応急修理では危なくて使えない。
 この感熱ヒューズを取り替えればOKだ。おそらく1000円もしないだろう。電流だけでなく、周囲温度でも作動するから、もう少し高いか。
 街の電気屋からドイト、秋葉原の電気部品街も探したが、ついに見つからず、電子レンジは粗大ゴミとなって運ばれていった。
感熱ヒューズは記念品?として、書斎に飾ってある。

 この感熱ヒューズを題材にしたエッセイがありますが、ブログと随筆は異質のものです。随筆は「目に見えるように書け、絵に頼るな」と教えられており、一方ブログは視覚に訴えるものです。

 

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2009年4月10日 (金)

0065 東京タワーに衝突しそこなったヘリコプター

S76  人工衛星情報によるGPSを利用した、カーナビゲーション・システムが車にも普及していますが、航空機にも利用されています。GPSが実用化されるまでの、最も新しい航法機器は、VLFオメガと呼ばれるものでした。機能的には殆ど同じですが、地上の発信局情報を使用するので、高度の情報を処理する事はできません。

 このVLFオメガ航法機器と自動操縦装置をカップリングさせた、データナビゲーション・システムは、コンピュータに記憶させたフライトプランの通りに、ヘリコプターを飛行させてくれます。離陸と着陸以外は、パイロットはモニターするのみで、何もすることがありません。この最新機器を過信し油断して、東京タワーに衝突し損なったことがありました。
 これは恥にこそなれ、あまり公表できる事ではありませんが、まぁ時効としましょう。
 0023 「ひげとボイン」(2008.08月バックナンバー)の姉妹編といえるものです。

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   「東京タワーに衝突し損なったヘリコプター」
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 1980年秋、本邦初のシコルスキーS-76AヘリコプターJA-95XXは、国際線ジャンボなみのフル装備をした、VIP専用機としてデビューした。超多忙なVIPを乗せて、日本中を駆け回ったものである。ある初冬の午後、VIPを神奈川県下の目的地に送り届け、東京へリポートへの帰りのホッとした気のゆるみから、このインシデントは発生した。
 機長は、巡航速度125kt、よみうりランドまで高度2000ft、東京タワーまで1000ft、浜離宮経由東京へリポートの飛行経路で、コンピュータに指示した。このときには機長も私も、まさか “東京タワーに衝突するように” 命令していようとは、思いもしなかった。

 都心上空に入り、機は自動操縦で緩やかに緩降下を終わって、次の目標地東京タワーに向けて1000ft(300m)の高度で、125kt(230km/h)で飛行を続けていた。ちなみに東京タワーの高さは1,110ft(333m)である。機体は正直にタワーの先端から33m下に向かって、一直線に飛んでいる・・・。
  気がついたのは機長が先であったか私だったか、今となっては定かでないがワッと言う声と機長が操縦桿で回避操作するのが同時だった。
 真正面から真っ赤な巨大な恐竜が襲いかかってきた。東京タワーが125ノットでブッ飛んできたのである。左席の私から展望台のビックリしている人の顔が見えた。
 機長は気を落着かせるためか手動操縦に切替え、タワーの先端より高い高度で大きくゆっくり一旋回して浜離宮に向かった。
 東京へリポートの着陸指示を復唱する機長の声は、もういつものものだった。ギァー・ダウン,ギァー・スリーグリーンetc…私の読み上げる点検表に従って、着陸前点検は、何時にもまして入念に行われた。

 思うに当時の飛行中、特に気を取られるようなものは何もなかったから、油断していたとしか言い様がない。冷静になって考えれば、対象が巨大な建造物であったから、実際にはまだかなり距離があったろう。しかし相手があまりにも大きいので、あたかも危機一髪のような印象を受けたのかもしれない。
 事実この件で、どこからか問い合わせがあったと言うような事は一切なかった。

 しかしそんな事は何の言い訳にもならない。まさしく最新鋭の機材を過信し、油断していたのである。自動操縦装置は命令を忠実に実行するだけで、その命令の良否までは判断してくれないし、レーダーは障害物に接近しても警告は出してくれない。
 どれ程進歩した機械であっても、それを使うのはあくまでも人間なのである。
                                             (了)
                        (1993.10.29…原文作成)

 本編は(社)日本航空機操縦士協会の依頼で、機関紙「ヘリコプター・セーフティ」に書いた小論文「最新のNAV・AIDを過信すると」を基にしています。月刊誌「ヘリコプター・ジャパン」2009年2月号の記事を、一般向けにわかりやすく書き直したものです。従いまして専門的な詳細は、大幅に省略しました。
 現在のGPS航法装置は、自機の飛行高度より高い障害物は自動的に検知し、警告を発してくれるそうです。
 なお、現在の東京タワーは赤白ですが、この当時は真っ赤に塗られていました。
 「ヘリコプター・ジャパン」の記事には飛行中の、この機体の写真が掲載されておりますが、本編には地上運転中の写真を添付します。 副操縦席が私です。

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2009年4月 5日 (日)

林家三平襲名披露に行ってきました

桜満開の昨日(4/4)、新宿末廣亭上席夜の部「林家三平襲名披露興行」に行きました。Photo
友人T氏のご尽力で、1階前方中央の特上指定席。
周囲は立見席まで超満員。
ちなみに末廣亭は、お酒の持ち込みは禁止です。

お披露目口上は、司会が三遊亭小朝、口上は三遊亭金馬、
同鈴々舎馬風、同林家正蔵という豪華版です。
ご当人の林家一平改め林家三平は、中央で平伏。
爆笑また爆笑のお披露目口上に続き、各師匠の名演や林家正楽の名人紙きり。
そしてトリの三平は古典落語「紀州」を熱演。Photo_2

名物のお披露目手ぬぐいは、松本零士氏のデザイン、
盛り花はビートたけし・・・
後ろ幕も6-7枚を次々に換えると言う豪華さ。
この幕の送り主が「石原プロ」「貴乃花」「読売巨人軍」etc

名前が風格を作る、とは言いますが林家こぶ平だった林家正蔵も、すっかり貫禄がつきました。
若い林家三平も、林家一家20数名の金看板を背負って、これから苦労する事でしょう。
その苦労を栄養にして、風格のある2代目三平を期待したいものです。
なお、2代目三平は7月からTBS-TVの人気長寿番組「水戸黄門」に、Photo_3
きん八役で出演するそうです。
それにしても世襲で2世がハバを効かすのは、
政治家の世界と思っていましたが、噺家の世界もそうですかね。 
まぁ立派な芸を見せてくれれば、それで良いのですが。

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