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2009年3月

2009年3月31日 (火)

0064 飛行船ここだけの話し(5)・・・空飛ぶこいのぼり

Photo_3 桜が終わると新緑の季節です。

端午の節句はこいのぼり。このこいのぼりが空を飛びました。
Photo なんと飛行船で大きなこいのぼりを吊り下げ、災害地の子供たちを激励しよう、
というものです。マスコミにも取り上げられ、かなり話題になりました。
2006年5月、BMWの広告バナーをつけた巨大な飛行船ツエッペリンNT「BMW号」が、
中越地震で被災した災害地を訪問しました。災害復旧工事の調査などに活躍して、
さらに大きなこいのぼりを吊り下げ、子供たちを激励したのです。
被災地の子供たちを招待飛行して、大きなプレゼントとなりました。

Photo_4 この年の早春、九州鹿児島にある飛行船格納庫で、国土交通省大阪航空局の検査官による修理改造検査が行われました。
検査項目は「こいのぼり吊り下げ装置」。
飛行船客室床面には 90cmx60cm の開口部分があり、ここからロープでこいのぼりを吊り下げます。
吊り下げていると速度が出せないので、目的地上空で機内から吊り降ろし、Photo_2
デモンストレーションが終わると、また引き上げます。

市販のこいのぼりで最大のものを調達し、横浜にあるヨットのセールメーカーで
補強してもらいました。激励する子供たちは、男の子に限りませんので”緋鯉”です。
こいのぼりの全長は12mもあるのですが、何せ飛行船は全長75mあります。
吊り下げても少し離れて見ると、なにやらクジラがイワシをぶら下げているような・・・。
特大のものを特注して製作するには、時間の余裕がアリマセンでした。
飛行中安定してきれいに”泳いで”くれるように、そして安全に吊り下げ、取り込みが出来るように、現場が作業しやすいように、とない知恵を絞って工夫したものです。Photo_5

余談ですが、本当はこいのぼりに限らず、いろいろ宣伝対象物を吊れる様にしたかったのですが、航空局の検査官にすれば、自分が検査して安全を確認したものでないと、認可は出来ないのでしょう。
ごもっともな事です。

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2009.04.02 株式会社 日本飛行船殿より、Photo
素晴らしい写真が贈られました。

3月28日六本木ヒルズ上空を夜間飛行する、ライトアップされた
飛行船を捉えたものです。 4月14日放送開始の、フジテレビの
ドラマにも登場するそうです。
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2009年3月22日 (日)

0063 人類が音速を突破したとき

あるテレビ番組で、超音速ヘリというものが登場して、苦笑させられました。
超音速ヘリコプターなどというものはあり得ません。
理由は、ヘリというものは高速になると失速するからです。
少々硬い文章ですが、人類の音速突破秘話がありました。
三面図は原型のベルX-1で、写真は改良型のベルX-1A型です。
「The World Aircraft 」より借用しました。

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                   「音の壁」
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 Bell_x1a 1947年夏、アメリカ・カリフォルニア上空10,000mを飛行するB-29爆撃機から、1機のロケット機が投下された。投下後17秒、つんざくような轟音と閃光を残して、この機体は紺碧のカリフォルニアの空に吸いこまれていった。この日人類は史上初めて音速を超えた。

 音の速さは意外に遅い。海面上、気温15℃でおよそ時速1224km、気温と高度で変わる。雷が光って少ししてから雷鳴が聞こえるのは、この光と音の速度差による。大戦末期から戦後にかけて、人類は音速突破に挑んだ。音より速く飛ぶことが可能であろうか、それは世界中の航空技術者の夢であり、命題であった。

 高速は戦闘機の最大の武器である。敵より少しでも速い飛行機を開発することが、軍事上絶対有利に立つことが出来る。B29
 しかし戦闘機がプロペラからジェットの時代になって、壁とされていた400ノット(時速約800km)は突破できたが、それ以上はなかなか高速化できなかった。音の壁(サウンドバリアー)に阻まれていたのである。
 当時の空気力学では、航空機が音の速さで飛ぶと空気の圧縮性から急激に抵抗が増加し、それ以上の増速は不可能と考えられていた。いくら大馬力エンジンをつけても、空気抵抗があたかも巨大な壁になって、機体が破壊する。さらに音速の領域では極度に圧縮された気流が、舵の逆効きを引き起こすと言われていた。

 スピットファイア戦闘機で名高いイギリスのスーパーマリン社のオーナー、ウォルドン卿は人類の音速突破に情熱を傾けた一人であるが、自社の高速実験機で急降下中の音速突破を試み、テストパイロットであった最愛の息子を失っている。このときの無線は「操縦桿をいくら引いても機体が沈んで行く!!」と絶叫して途絶えている。

 アメリカはロケット実験機で音速に挑んだ。砲弾に羽を生やしたような、ずんぐりしたベルX-1のロケットエンジンは、わずか9分しか航続時間がない。
 B-29に10,000mの上空まで運ばれて発進し、大馬力のロケットでしゃにむに音速を突破して、燃料が尽きたら滑空して基地に戻ると言うものである。テストパイロットは空軍のチャールス・イェーガー大尉であった。慎重なテストと2回の失敗の後、ついに音速を突破した。これが人類初の超音速飛行の記録である。Bell_x1

 先般事故を起こして飛行停止になった超音速旅客機コンコルドは、このような先人の偉業の上に開発されたものである。
 しかし克服されたとはいえ、音の壁は厳然として存在する。音速を超えるためには高価な機体、大馬力エンジンなど途方もなく高くつくのである。当然運賃にはね返り、コンコルドでは全席ファーストクラスとなっている。
 このため経済性を重視する旅客機の速度は、この40年間ほとんど変わっていない。     
                                            (了)
      課題‐3 「記録」 (1200字)   2001.11.06.

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2009年3月16日 (月)

0062 日本人は旨い?

居間のサイドボードに、古びた銀製のマグカップがありました。
ステンのプレートに Mid Winter Regatta Winner  Mr 〇〇 1983 KYC とあります。Photo_2
 1年強赴任していたサウジアラビア・カフジヨットクラブから頂いた、私の持つたった一つの優勝カップです。フネは1人乗りのレーザーでした。
 あんな過激で戦闘的なフネは、今ではもう乗れないでしょう。あの頃は真冬でも乗っていました。
 そんな折、沖合いでサメに遭遇したオハナシです。

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                 「日本人は旨い?」
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 スポーツは好きだが、あまり得意ではない。ボールを扱う競技は特にダメだ。
 サウジアラビアで覚えたゴルフは、ワンラウンド100を切ったことがなく、クラブは物置でほこりをかぶっている。 ボーリングだけは、一度だけ203というスコアがあったが、ブームが去ると自然に止めてしまった。学生時代は山登りに狂っていて、上越国境の谷川岳に11回登ったことがある。

 160 何かしたくて、また前から憧れていたので、結婚してから始めたヨットだけは、今でも続いている。もう30年以上になるだろう。
 レースに熱中する方ではなく、ビール片手にのんびり海上散歩するのが好きだ。大体が人と競うのはあまり好きではない。
 そんな私が、サウジアラビアの石油会社に赴任して13ヶ月、気も狂わんばかりに単調な生活に耐えられたのは、ヨットのお陰だった。  「飲む、打つ、買う」の全く無いアラビアの砂漠なので、お金持ちの石油会社は、社員の娯楽施設には力を入れている。Photo_4

 赴任早々、会社のヨットクラブに入会した。オリンピック種目にもなっている、レーザーという1人乗りの小型艇が沢山ある。早速メンバーの1人が「レースをしよう」と挑んできた。
 入会試験のつもりか。レースルールなんて全然知らなかったが、またレーザーというフネは初めてだったが、のた打ち回って走っているうちに、勝ってしまった。Photo_3

 アラビア湾の夏は猛烈に暑く、海水の塩分が非常に濃い。そのせいかどうか、サメが入ってくる。
 1人で沖に出ていたとき、ひれを見つけた。すこし離れて尻尾がある。イルカの尻尾は上下に動くが、サメの尾は左右に動く。
 でかい!
 このフネよりでかいかも。ギョロリとした不気味な目が合ってしまった。どうやって岸まで帰ったか、まるで覚えていない。

 162 海水浴場の人たちに「シャーク!シャーク!」と怒鳴りまくった。皆海から慌てて岸に上がって、まるで映画「ジョーズ」の一場面だ。
 そのあと、私はTシャツの背中に油性ペンでデカデカと「食っても旨くない!(I’m not so delicious !)」と英文で書き込んだ。
 それを見たフランス人のマッドが、やはり英語でシャツの背中に何か書いている。見たら
「日本人の方が旨い!」
 もうっ、この野郎!                
                                                  (了)

          課題‐2「スポーツと私」 (1000字)   (2005.07.17)

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2009年3月11日 (水)

0061 余命わずかな「はやぶさ・富士」に乗りました

 明後日で廃止になる、東京駅発唯一の寝台特急「はやぶさ・富士」が、鉄ッチャンや鉄子にエライもてようだそうです。
 Photo 私は3年ほど前に、憧れていたブルートレインに広島まで乗りました。少年時代の夢を果たしに・・・本当は「さくら」に乗りたかったのですが。
 この旅を題材にしたエッセイがあります。比較的新しい作品です。

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         「ブルートレイン」
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 推理小説の原点ともいえる松本清張の「点と線」には、博多行き寝台特急「あさかぜ」が登場する。実に巧妙に仕組まれた、トリックの舞台となる。
 その舞台となった東京駅10番ホームを、12両編成の列車が出外れるころは、かなりの速度になっていた。鉄道マニアであろうか、カメラを手にした5、6人の男女が羨ましそうにホームの端から見送っている。この5月のある日、時刻は18時03分、定刻であった。Photo_2

 東京駅発唯一のブルートレイン「はやぶさ・富士」は12両編成で、前6両は「はやぶさ」熊本行、後6両が「富士」大分行である。発車前の偵察によれば、全体で半分も乗っていまい。大分行が特に空いているようだ。
 私のB寝台個室は3号車、つまり機関車から3番目にある。ここも半分くらいしか埋まっていない。シングル個室なので、ブルーの車体の入り口付近には「ソロ」のロゴが美しい。

 2 このB個室寝台は2階建で、車両は比較的新しくてきれい。私の部屋は3号車2番で2階だから、ドアを入ると小さな階段がある。室内はシンプルだが機能的で、従来のオープン型2段ベッドと比べるとスペースの余裕もあり、やはり個室のおもむきだ。
 お隣は年配のご夫婦で、上下段を使っている。この列車には2人用個室「デュエット」は連結されていない。仲の良いご夫婦で、いかにも列車の旅を楽しんでいる様子が、ほほえましい。

 銀座は雨だった。列車は海側に大きな窓があり、横浜近くでは、夕方のラッシュで満員の通勤電車を追い越してゆく。
 しこたま買い込んだ缶ビールで、1人ささやかな乾杯をして、ひそかな優越感に浸る。ビールやワインを、冷やして置ける場所のないのが悩みだ。この列車には車内販売がない。そして驚いた事に、ビールやタバコの自動販売機もない。清涼飲料しか買えない。

 発車前に充分に買っておかないと、途中停車駅が少なく、停車時間も短いから悲惨な事になる。発車前にホームでも車内でも、繰り返し放送されてはいたのだが。 はたして熱海を過ぎたころ、中年男性がタバコを求めて、車内を探し回っていた。
終点まで17時間余、愛煙家にはツライだろう。気の毒やらおかしいやら、いっそこの機会に禁煙したら? もっとも明朝9時過ぎ、小倉からは車内販売があるらしいけれど。

 「はやぶさ・富士」は、大阪を出ると広島まで止まらない。5時間近く、この雨の中をブッ通しで高速で運転するのは、運転士の仕事とはいえ、運転停車はあるにしても、かなりきついだろうな。Photo_3
 私の目的地は安芸の宮島。厳島神社は、ずっと以前から訪ねてみたかった。早朝05時21分に広島着。普通電車に乗り換え、30分ほどで宮島口に着く。以前「あさかぜ」は、宮島口駅に停車してくれたが、「はやぶさ・富士」は知らん顔(かどうか知らないが)して通過する。厳島神社のある宮島はすぐ目の前で、フェリーで10分位。さいわい雨は上がりそうな気配。

 Photo_4 雨上がりの厳島神社は、洗われた新緑と朱の社殿が海に映え、すばらしく美しかった。海上に建つ神殿なので、もし訪れるなら、時間を調べて満潮時にする事をお奨めする。それにしても、この神社を建立した平家の頭領平清盛に、こんな美学があったとは!

 かつて中学生のころ、都内下町で新聞配達をしていた。夕刊配達の途中に東海道線のガードがあり、毎日長崎行ブルートレイン「さくら」が、ヘッドマークも誇らしげに通過してゆく。
 全車寝台で食堂車付きの豪華列車は、憧れだった。いつかきっとあれに乗ってやる、と何度誓った事か。「さくら」は無くなってしまったが、少年時代の誓いを果たしに、念願であった厳島神社を訪れた次第。今夜は広島で泊まり、友人にもらったタダ券を使って明日のPhoto_5 JALで帰る。

 ちなみに東京・広島は個室寝台で21,000円11時間半、飛行機なら28,000円1時間半、新幹線のぞみは18,500円4時間。
 貴方ならどれにしますか                 
                                    (了)
       課題‐1「雨の中」  (2006.06.24)

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2009年3月 9日 (月)

0060 ヨーロッパの寝台急行パラティーノ号

 もう四半世紀も前になりますが、汽車に乗るためにヨーロッパに行きました。Tgv184
 中東の長期出張帰りでしたが、会社もよくわがままを聞いてくれたものだと思います。かなり古い話しですので、この列車が今でもあるかどうかは判りません。

 パリの地下鉄で3-4人の集団スリに会いました。パリの地下鉄は1等があります。実害はありませんでしたが、スリたちと一駅乗り合わせました。怖かったけど、どこか間の抜けた話しですね。
 ニューヨークだったら”グサリ”とやられていたかも知れません。

 
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          「ローマ発パリ行き」(1)
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Photo  汽車旅がしたくて国際寝台列車に乗るためだけに、ヨーロッパに行ったことがある。有名なオリエント急行に乗りたかったが、そのころはすでに廃止されていた。

 当時私は、勤務先のA航洋から派遣されたAOC石油㈱で、サウジアラビアの13ヶ月間の長期出張を終ろうとしていた。
 早く家族に会いたい気持ちは強かったが、念願のヨーロッパ鉄道旅行を実現するには絶好の機会で、会社に無理を頼み込むしかない。
 アラビア半島東岸のカフジから、最も近いクェート国際空港まで陸路で3時間である。そしてその北隣は、目下世界中の注目を集めるイラクだ。アラビア湾の対岸はイランで、隣はアフガニスタン。その後の湾岸戦争ではカフジも戦場になり、AOC石油も大きな被害をこうむった。

 クェートからパリ経由東京行きの航空券が支給され、途中のローマ・パリ間を列車で、という計画となった。正規運賃の航空券を持ちながら、かなりの金額と時間をかけて、わざわざ汽車に乗る。物好きとはこういう事なのだろう。
 かくして「酒のない国」サウジアラビアを後に、エジプト・カイロ経由の日航機でローマに到着した。ビジネスクラスの機内で飲むビールは、まさしく天国の味である。
 目的の列車はローマ発パリ行き国際寝台急行パラティーノ号、ヨーロッパの寝台列車を代表する急行で、約1500kmを15時間20分となかなかの快速ぶりだ。ローマから斜塔で有名なピサ、フランス第二の都会であるリヨンを経由する。

 「ローマを見て死ね(ナポリだったかな?)」というから、おのぼりさんらしく3泊してローマ181 見物後、5月のある日ローマ・テルミニ駅に赴いた。
 ローマ発は18時30分、14両編成の列車はほぼ満員らしい。中央に食堂車、その前後に1等寝台があり、端に行くほど2等寝台とクシェットという簡易寝台となる。料金の安いクシェットには、ヤングやバックパッカーが多い。航空運賃より、はるかに安くなるそうだ。それにしても日本の列車寝台は高過ぎる。

 189 パラティーノは私がイメージした、華やかな豪華列車ではなかったが、庶民の生活の香りがして楽しい。ヨーロッパで列車のクラスというものは、乗客のステイタスであって、例えお金を払っても、1等車は若者が乗るものではないらしい。寝台の設備は日本の列車と大差はない。長期出張を終えた自分にご褒美と、私は2人室の1等寝台を取ってあった。
                                           (続く)

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2009年3月 5日 (木)

0059 ロスミナの風に抱かれて

先回の死に損なった話は、お陰様でかなりの反響がありました。
 今回はちょっと艶っぽいというか、やわらかいお話を。
 すでに時効は成立しておりますが、インドネシア勤務秘話であります。
 私のブログ「ロスミナの風」の、ロスミナとは? のお答えになるかも。

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          「ロスミナの風に抱かれて」 (1) 
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 143 私とインドネシアの関わりは深く長い。
 首都ジャカルタのあるジャワ島はその中心で、日本の本州よりやや小さい。
 勤務先のA航洋とB商事、それに現地の事業免許を持つ会社が昭和46年に、現地合弁企業PT・ABC航空をジャカルタ市に設立した。PTは株式会社を示すインドネシア語である。
 その創立から終焉まで、17年の間関わってきた。この間に3回にわたり、単身赴任で合計5年半かの地で暮らし、ほぼインドネシア全土を歩いている。
 そして何故か今でも、すべてに大雑把でいい加減なこの国が好きで、無関心ではいられない。

 日本人の花子、美子の子にあたるのか、ジャワ島出身の女性にはなんとかヤティという名前がやたらに多い。スルヤティ、ムリヤティ・・・など。
 彼女は首都ジャカルタで、3歳位の娘と遠縁の婆やと3人で暮らしていた。夜の勤めなのだが、その割にはすれてなく、むしろ古風で陽気なのんびり屋、無類のお人好しでやきもち焼き。
 食事のときでも、私が始めるまで絶対に自分から先には手をつけない。ずっと昔の日本女性のようだ。名前をロスミヤティといい、あまり熱心でないモスリム(回教徒)である。

 私は短くしてヤティとかロスと呼んでいた。ロスはごく親しい人に許される呼び方である。やきもち焼きは、会社の女子社員の話をするだけで目の色が変わってくるほどだ。Photo
 中背で色は浅黒いが、華やかな顔立ちで若干太め。幾度もダイエットを試みるのだが、あまり効果はない。
 グラマラスな姿態は水着になると、ホテルのプールサイドでもかなり目立った。彼女とは良く遊び歩いたが、海よりプールの方がお好みらしい。

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2009年3月 3日 (火)

外国から見た日本の好感度

 昨日(2月28日)の文章教室で、先生が興味深いお話をされました。
先生は元朝日新聞編集委員で、テレビ朝日のニュースキャスターをなさっておられた方です。152

 世界で最も権威のあるメディア、といわれるBBCの
「世界の好かれている国、嫌われている国」という調査結果です。
 2006年に27カ国で調査され、13カ国について報告されています。
これによると最も好感度の高いのがカナダ、そして同列で我が日本。
 日本がカナダより「嫌われ度」が高いため、2位になったものでしょう。
 中国がもっと嫌われているかと思いました。北朝鮮はご覧の通り。

 ホントなの?といいたくなりますが、日本も捨てたものではないですね。
 ノーベル賞のトリプル受賞といい、アカデミー賞のダブル受賞といい、
日本が文化の面で躍進しているのは、喜ばしく嬉しいニュースです。

 それにしても、アメリカが世界の警察官を自認して、あれだけの国費を
つぎ込んでいながら、嫌われているものですね。

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