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2008年12月21日 (日)

0046 もうひとつの上高地 (雑誌連載 第1回)

Hj

月刊誌「ヘリコプター・ジャパン」の原稿依頼で、ヘリコプター・エッセイなる連載を始めました。 その第1回の作品をご紹介しましょう。
同誌の2008年11月号に掲載されたもので、飛行中の写真は編集部から頂きました。

 
 このブログ「ロスミナの風」にアップすることの
                  ご了解は、頂いてあります。

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             「もうひとつの上高地」

 新緑にはまだ早い、4月半ばの上高地は残雪が豊富だった。落葉松の新芽はまだ初々しく、盛夏には混雑する河童橋あたりも人影は少ない。連休を控えて、冬の間閉ざしていた旅館も山小屋も、客を迎える準備に忙しい。
 学生時代山登りに熱中していた私は、井上靖の山岳小説「氷壁」に刺激され、北アルプスの穂高は憧れの山だった。しかし、上高地を玄関にした穂高連峰は3000メートル級の峰が連なり、登山技術のみならず貧しい学生にとって、費用も日数もかかり山行するのは容易な事ではない。

 社会人となってから7年、憧れの上高地に出張で来ていた。仕事は点在する山小屋への荷揚げである。山男たちの旺盛な食欲を満たすため、膨大な食料燃料などの運搬は、それまでボッカという運搬のプロたちの人力に頼っていた。しかし苛酷な労働で後継者がいなく、高齢化している。昭和40年代後半のころであった。

 今回、散在する山小屋が共同でヘリコプターをチャーターして、一気に輸送してしまおう、という計画が立てられた。車の入れる最奥の徳沢に臨時のヘリポートを設けて、標高2800メートル付近の穂高岳山荘や、他の4箇所の山小屋に輸送する。
上高地の標高は1500メートルだから、毎回およそ1500メートルを上昇降下する。一般にジェットヘリは、高温と高地に弱い。機体にも乗員にとっても、かなりハードな仕事である。

 世の中は高度経済成長の真っ只中で、仕事はいくらでもあるから、このような“小さな仕事”に会社は最初、あまり乗り気ではなかったという。まして使用機の富士ベル204Bは当時の最新鋭機で、輸送能力が高く各現場で引っ張りだこだった。204b

 入念な準備と打合せの後、作業開始。
クルーは機長のKと私、国家試験合格直後で実務訓練中のS、新入社員のTの4人。私はこの仕事の責任者で確認整備士、それにSやTの訓練教官と営業部員の役割も兼ねる。顧客側はヘリを使うのは初めてだ。
 ヘリの飛行料金は高価で、時間当たり60万円以上もする。片道輸送のみでは勿体無いし、昨年来のゴミや不要品も山に捨てられないから、帰りに吊り降ろす。
 天候に恵まれ、モッコに入れた食料燃料、水や生活用品を吊って、北アルプス上空に舞い上がった。ボッカが一日がかりの行程を、ヘリは10数分で到達する。登山者のみに許された憧れの穂高岳の大展望を、ヘリの副操縦席から楽しんだ。
                                

「このままでは燃料が足りなくなる!」・・・ヘリコプター物資輸送のオハナシ、後半です。

 機長のKは、陸上自衛隊から最近入社したパイロットで、私よりかなり若い。自衛隊ではこのヘリの軍用型であるUH-1に乗っていたという。操縦は上手いが、良くも悪くも規定通りの飛び方で、まだ民間業務に慣れていない。
 さらにこの高度では、空気が薄くなるので、エンジン出力はかなり低下する。低下する出力を補うため、燃料を余計につぎ込むので燃費は悪くなる。

204b_2

  作業開始して間もなく、私は燃料消費が想定以上に多いのに気が付いた。飛行中エンジン計器の指示を無線で地上のSに伝え、燃料消費率を計算させた。
 私はヘリの性能計算をして、搭載する荷物は1回分を800キロに制限している。顧客に再度確認してもらうようTに指示した。加えて、帰りにも荷を吊っているので、降下中も速度が出せない。必然的に飛行時間は多くなる。会社にとっては、確かに売上は伸びるのだが。
 このままでは燃料が足りなくなる!!

 当時松本空港には給油施設は無く、燃料を追加配置するには、東京からドラム缶で運ばねばならない。当然費用は増すし、輸送には丸1日かかるだろう。
 本社資材部の燃料担当者の計算では、足りるはずだった。初日の作業終了後改めて計算すると、足りるかどうかの判断に迷う微妙なところだ。東京までの帰りの分は確保しておかねばならない。
 機長は「こんな計算はしたことがない」という。自衛隊では、パイロットは操縦桿を動かすだけのもの、であるらしい。燃料など「欲しいだけあるもの」と思っていたそうだ。

 この富士ベル204Bという中型機は、信頼性の高い優秀な機体だが、やたらと燃料を食う。満タンにすると約800リットルを搭載するが、強力な1100馬力のエンジンは、1時間にドラム缶2本半、500リットルを消費する。
 ちなみに最大出力1100馬力とは、D‐51蒸気機関車やゼロ戦とほぼ等しい。しかしエンジンの重量は、およそ220キロと小型軽量である。

 翌日も晴天が続き、南風が出てきた。これを利用しない手はない。機長と相談して飛行ルートを変えることにした。迂回コースになるが明神岳の南面をかすめて、西穂高の尾根沿いをたどり上昇気流に乗る。 ふわーっと持ち上げられる感じだ。
 
 はたして同じ上昇率を得るのにエンジン出力は少なくて済み、燃料消費は約5パーセント減少した。自然に逆らって、パワーで上昇するのではなく、気流を味方にする。大先輩から散々教え込まれた事だ。
 山頂にガスがかかったり、悪天候で作業が出来ない日もあったが、7日目にすべてが終了したときは、東京ヘリポートに帰投するのに充分な空輸燃料を確保できた。204b_3

 ゴールデンウィークともなれば、北アルプスも元気な若者たちでにぎわう事だろう。上高地までなら、登山者でなくても誰でも気軽に楽しむ事が出来る。
 山登りでは誰でも、やたらと腹が減って食欲旺盛になるものだが、ヘリコプターも山に来ると大食漢になるものであるらしい。 
                                     (了)
                                          (2004.10.10)

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