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2008年11月 1日 (土)

0036 豊臣秀吉のお墓

今回はがらりと変わって、歴史を題材にしたエッセイをご紹介します。
来年のNHK大河ドラマ「天地人」の主人公・直江兼次の直江状を扱ったものもあり、おいおいアップしましょう。
豊国廟の写真は手元に無く、対照的な徳川家康のお墓である、日光東照宮の五重塔の写真です。Photo

私は歴史、特に戦国時代の日本史がが好きで、関連したエッセイが何篇かあります。
このうちタイトルを題材にしたものを、ご紹介しましょう。
あるところで発表した原作は、縦書きでしたが横書きにすると、かなり感じが変わります。
 表記はあえて縦書きのままにしました。
 
  *******************
     「豊国廟」

 琵琶湖を右手に見て瀬田の唐橋をかすめた下りの東海道新幹線は、やがて京都に入るため減速し、東山のトンネルを抜ける。
 この小さなトンネルの直上に、日本史上最大の英雄・豊臣秀吉の墓があることは、意外に知られていない。

 卑せんの身から立身して、ついに天下人となったこの人物については、いまさら説明の必要もない。
 “われおのこ”つまり“男の中の男”と呼ぶのにふさわしい。昔から太閤記を始め、さまざまな史書、小説が著され、映画に舞台、テレビドラマが生まれた。

 太閤秀吉の研究家で知られる静岡大学教授小和田哲男博士によると、晩年の秀吉自身が側近に記録させた「天正記」が、史実に比較的忠実であるという。
 これは当時の関係者も生存していたから、あまり事実と異なることも書けなかったのであろう。

 同教授によると秀吉の出生から二十八歳までは、ほとんど謎に包まれており、没後の詳細もまた不明な点が多い。秀吉の不遇な青年期までの信頼できる史料が、なかなか得られないのである。
 後に発行された太閤記の決定版といわれる「甫庵(ほあん)太閤記」や「川角(かわすみ)太閤記」も、史料的価値は高いとされるが、創作と思われる部分が多いことも否定できない。これが小説となると、作家のイマジネーションの世界が加わる。

 秀吉の病没は六十二歳の千五百九十八年七月、京都伏見城であった。おりから豊臣政権にもかげりが見え始め、対外的な影響を恐れてその死は極秘にされた。
 石田三成らの側近の手により、京都の油山というところに密葬され、後日葬儀の後に東山三十六峰の一つ、阿弥陀ヶ峰の山頂付近に埋葬されている。豊国廟と呼ばれるこの墓は、現在よく整備されてはいるが日本を代表する英雄のものとしてはあまりにも小さい。

 新政権として誕生した徳川幕府は、豊臣色を払拭するため豊国廟も徹底的に破壊した。それ以来、三百年近くも見捨てられていたこの墓を再建整備したのは、太閤記を宣伝に利用しようとした明治政府であった。
 秀吉は日本史上一番の人気者であり、大陸進出の先駆者として、国威発揚の材料にされたのである。

 私は在阪時のある初夏、京都の豊国廟や豊国神社を訪れたことがある。国立博物館や三十三間堂のある七条通りを東山に向かうと、京都女子大の背後で行き止まりとなる。長い石段を登ると、深い木立の中に西南に向かってひっそりと建っている。
 京都市街と伏見方面が望め、かつて天下に号令した日をしのびつつ、英雄は静かに眠っている。
                                (了)

 参考文献  
 「豊臣秀吉」     小和田哲男  著   中央公論社
 「新史太閤記」    司馬遼太郎  著   新潮社

     課題-1 「われおのこ」   2002.02.20

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コメント

藤山杜人さん
お立ち寄りとコメントを有難うございます。
豊国廟は、歴史好きの方々には知られておりますが、普通の人には案外知られておりません。
私が訪ねたころはデジカメもなく、ましてやブログなどという発信手段は、思いもつかないころでした。
従いまして、写真の無いのが残念です。
新聞記者であった文章教室の先生に言わせると、「文章は見えるように書け、絵に頼るな」だそうですが、
何せ非才の身、やはり絵があったほうが…。
またどうぞお立ち寄り下さい。

投稿: 帆走子 | 2008年11月19日 (水) 11時10分

帆走子さん

この秀吉の墓も大変面白かったです。
中高年の男性は煉獄時代や江戸時代の歴史を好きな人が多いとおもいます。
是非、今後もこのような歴史の研究結果のご紹介をなさって下さい。
期待しています。
草々、藤山杜人

投稿: 藤山杜人 | 2008年11月19日 (水) 06時48分

ひろさん
いつもお立ち寄りと、的確なコメントを頂きまして、有難うございます。
歴史を題材にする作品は、作る方も大変なんですよ。かなりお勉強して、充分な裏づけをしないと書けません。
今モノにしたいのが、石田三成の家老、島左近です。
友人からは、この頃ヘリが出てこねぇなー、といわれています。
又どうぞお立ち寄り下さい。

投稿: 帆走子 | 2008年11月 4日 (火) 10時08分

今度は歴史ものですかー。
それにしても多才ですねー。東海道新幹線が豊臣秀吉のお墓の真下を通っているなんて、知らなかったなー。
戦国時代の名家老のお話、興味があります。直江状のエッセイ、楽しみにしています。

投稿: ひろ | 2008年11月 3日 (月) 17時49分

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