0025 マグネティック・アウト
1980年代終わりごろまで、勤め先がインドネシアで作った現地合弁会社に、前後3回5年半勤務しました。
ベル206×1機から始まった会社は一応の成功を収め、最盛期にはベル212×2、ベル206×7、中型固定翼機×4のフリートに発展し、インドネシア政府の資本国有化政策で、パートナー会社に売却して引き上げました。
このエッセイは、2回目の赴任のときに体験した”4分間”のミステリーです。原因はいまだに判りません。
写真の中央が若かりしころの私です。インドネシアの航空機登録記号は、PK-の後にアルファベット3文字です。
「マグネティック・アウト」
外洋に面した海岸に行けば水平線は見られる。しかし地平線となるとそう簡単にはいかない。
日本で地平線が見られるところは、北海道中央部くらいか。ぐるり見渡して360度地平線、などという光景は日本ではまず無理だろう。
19XX年7月のある日、私はベル206Bジェット・レンジャーでインドネシア・カリマンタン島上空1,000mを飛んでいた。昔はボルネオと呼ばれたこの島は、たぶん世界で何番目かに大きい。
北側三分の一がマレーシア領で、中央北部には4,000m級の山脈が東西に走る。山脈から南はジャングルと湿地帯が広がり、二本の大河が分岐、合流を繰り返して蛇行している。山岳地までは極端に高低差が少なく、海岸から500kmも河を遡って標高差は18メートルしかない。河沿いに町ともいえない集落が点在する。
上空から見るとまさしく360度の地平線で、ところどころに島影のようにポコリと盛り上がった丘がある。陸路はなく、河かヘリコプターが唯一の交通手段で、奥地にはオランウータンが棲息し、原住民のダヤック族は昔は首狩族であったそうだ。
世界中で数千機が飛んでいる、この傑作小型ヘリコプターの信頼性は高いが、もし万一のことがあったらまず助からないどころか、永久に発見されることはないだろう。
「コンパスがおかしい! 指示が勝手に変わっている!」
機長の言葉に愕然として、私はすばやくジャイロ・コンパスと照合し、他のすべての計器もチェックした。爆音もすべての指示も異常は無い。
マグネテイック・コンパス(磁石)だけがふらふらと安定しない。空港はまだはるかに遠く、ADF(自動方向探知機)は受信できない。
この茫漠とした大地で方向を知るには、航法磁石は必需品だ。ジャイロ・コンパスのみでは心もとない。方角が判らなければ、燃料と食料とねぐらのあるところにたどり着けない。
緊張するどころか恐怖を感じた。
「ジャイロ・コンパスをセットして、その後はヘッデイング(機首方位)を変えるな!」
若いインドネシア人パイロットに指示して、機首前方の小山の方角と時間を確認した。1分、2分・・・およそ4分後に、コンパスは何事も無かったかのように正常に戻った。
206Bの巡航速度200km/時で4分は約14km、この間まったくの推測航法である。
帰投後、社内でこの件の検討会を開いた。ベテランの白人パイロットは「俺も経験した。3分位だったかな」と言う。調べてみると東西15km、南北10kmくらいの範囲で、磁石の効かなくなる地域があるらしい。しかしパイロットの口コミでしか、知られていない。
話に聞いていたマグネティック・アウトである。
日本なら早速航空局が「重要安全情報」を発行するところだろうが、インドネシア航空局からは特に情報は無い。“自分の身は自分で守る”が徹底しているらしい。マンガンかニッケルか知らないが、何か巨大な鉱物資源が埋蔵しているのかもしれない。
ミステリーじみたこの体験は「本気で開発したら、何が出てくるかわからない」といわれる、インドネシアの大自然のほんの一面であった。
(了)
課題-1 「水平線・地平線」 (1160字)
2003.06.28
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コメント
大ちゃんさん
つたないエッセイ「マグネティック・アウト」をご覧頂き、コメントを有難うございました。
勤め先がインドネシアで、現地合弁のヘリコプター運航会社を設立し、その設立から撤収までお付き合いしました。
最盛期には、5カ国の人種のクルーが働いており、共通語は英語しかありません。
アメリカ、フィリピン、韓国、インドネシア、日本人です。宿舎のコックが、食事を作るのに苦労しておりました。
死に損なったこともあります。そのうちこのブログにも登場するでしょう。
どうぞ又、いつでもお立ち寄り下さい。
投稿: 帆走子 | 2008年9月20日 (土) 12時34分
インドネシアは石炭も鉄鉱石もその他鉱物資源何でもござれと先日聞いたばかりです。
石油は枯渇したみたいで今は輸入国になっているらしいですけど、枯渇した井戸は世界でインドネシアだけらしいですね。
マグネティック・アウト、そういう現象があるのは聞いてはいましたけど、自分で体験したことはまだありません。
恐らくですが。
投稿: 大ちゃん | 2008年9月20日 (土) 02時25分