0021 勝手気ままなエッセイブログ

S76a「ロスミナの風」も、お陰様で1周年を迎えました。

 掲載記事は100を超えます。 まぁ当分ネタ切れにはならないでしょう。
 最近はヤフーでもグーグルでも「ロスミナの風 ブログ」で検索すると、
かなりの数をヒットします。

月刊誌「ヘリコプター・ジャパン」の連載記事「ヘリコプター・エッセイ」も、このブログで
ご紹介しましょう。   編集部のご了解は頂いております。

     このトップページは自己紹介です。
   最新記事は次のページから出てまいります。


  コメントを歓迎します。
仮名、匿名でも構いません。 

サブタイトルに「旅とお魚とエッセイのブログ」とあります。
例えば写真のキレイなお魚はサクラダイです。
伊豆の下田海中水族館で撮影しました。Photo  
  旅のエッセイではありません。 
  (2008年7月8日誕生)
 つまり勝手気ままに、何が出てくるか判らないブログです。
 

  ただしネタには事欠きません。今までに書き溜めたエッセイが沢山あります。
  カジュアルで読みやすく、面白いものをと心がけております。
  格調高い文学には程遠く (書ける訳もないか) 、 少々品位に欠けるかも知れません。Photo_2
写真も出来るだけ入れて、なるべく頻繁に更新したいと思っています。

  テキスト主体になるため、テンプレートを使わず、カスタム・モードです。
 作品を選んで、文頭にそのときのトピックを添えて、ご紹介しましょう。
 旅好きで食いしんぼ、フネや鉄道、それに飛行機大好き。
海やお魚が好きで水族館キチガイ、外国での貴重な体験やら失敗談、
とまぁ多彩というか雑多であります。

  タイトルの「ロスミナの風」は、私が持っていた小さなヨットの艇名から取りました。Photo
  ニックネームの帆走子もヨットにちなみますが、いささか面映いものがあります。帆走子ははんそうしと読みます。
ホカケブネを操るちっぽけなヤツ、くらいの意味です。  

 なお、各記事タイトル前の番号は、当管理人の管理のためのものです。固有名詞は原則仮名とさせて頂きました。
 また、各エッセイの日付は、それぞれの作品の完成日です。

 内容の一部としては・・・
                                                                              
 「ヘリコプター・コンサルタント」・・・09年09月バックナンバーにあります。
                       サウジアラビアで、浮世離れしたお仕事の
                       お話しです。
                       

 「幻のヘリコプター・ロッギング」・・09年08月号バックナンバーにあります。
                       ロシア(旧ソ連)に、巨人ヘリコプターを買いに
                       行きました。私の人生最大の買い物でした。

 これらはいずれも、朝日航洋社内報「サンバード」用記事として書かれ、その後月刊誌
 「ヘリコプター・ジャパン」に連載され、お陰様で好評を頂きました。
 私の参加する会員制ブログ(SNS)趣味人倶楽部にもアップされて、たくさんのアクセスやらコメントを頂戴しました。   


    その他いろいろあります。バックナンバーからお楽しみ下さい。

    本日はお立ち寄り頂きまして、有難うございました。

                             2009.07.08  帆走子   敬白

       *************************************

   秋たけなわの10月に際して、トップカバーを変更しました。
  東京ディズニー・シーで見かけた水上複葉機です。いかにもアドベンチャーの
  
雰囲気があって、楽しくなります。
   海大好き人間の私は、ディズニーランドよりシーの方が好きです。

  

 

  

                           2009.10.01  管理人   敬白    

     いつも沢山のコメントを頂きまして、本当に有難うございます。

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2009年11月 8日 (日)

0089 テレビに出たらおよしなさい

先日家族同士で、真鶴港の魚座と沼津港の磯はるに行きましたが、
これに関連したエッセイがありました。
昨年のゴールデンウィーク過ぎのころの作品です。
ある講座では、この作品は不評でした。
いわく「ゴールデンウィークに観光地に出かけて、
混んでると文句を言ってる方がおかしい」とか。
かなり著名な文章教室通信講座でしたが、毎回ピントのずれた講評に嫌気が差して、
1期で止めました。

なお、添付写真はすべて、今回の旅行のものです。
今回の旅行の日記はこちらにあります。よろしかったら、どうぞお立ち寄り下さい。Photo

http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-2430.html

   **************************
   「テレビに出たらおよしなさい」

 相変わらずテレビの旅番組が盛んですなー。毎日どこかの局でやってます。
そしてお決まりの名物料理と露天風呂。
 ご婦人の入浴シーンが必ずあり、イジワルなマスコミからは
「タレントも旅番組に出るようになったら落ち目」などと、あまり褒められてはいません。
まぁ見ていて他愛ないし、それなりの視聴率もあるようです。

 問題は名物料理とか、名店とかいうシロモノ。
 テレビのバラエティ番組などで紹介されているところはまず、
あまり期待しないほうがよろしいでしょう。
 いわゆる観光地では、特にいけません。
名物にうまいものなし、というではありませんか。
“テレビに出た店”に行きたいなら別ですが。

 大体が高いし、高くても美味しければまだしも、高いだけで不味い、
となると本当に腹が立ちます。
 競争の激しい東京近郊は、まだお店の努力のようなものが見られますが、
少し離れると老舗にあぐらをかいた、旧態依然のところが結構あります。
 当然ジリ貧になるわけで、そこへテレビ局が取材して宣伝してやる、
と持ちかけるからお店のほうも舞い上がってしまって、現代の名店と
錯覚してしまうのです。

 ゴールデンウィークに、どこも行かないのは恥?だから、鉄分と塩分の補給に、Photo_2
真鶴半島を歩きに行きました。
 湘南新宿ライン臨時特別快速熱海行はすごい込みようで、グリーン車でも新宿で
やっと座れました。池袋から真鶴まで約一時間半、女房殿とは別々の席です。

 シーサイドのウオーキングと、原生林の森林浴を楽しみ、遅い昼食を、
と思ったがどこも満員。
 貴船神社のある中心地を外したら?という、女房殿の提案で駅方面へ歩き
「あじで売る店」というコピーのついた、老舗らしい和食の食事処にしました。

 「あじ」は味なのか鯵なのかわかりませんが、鯵のお料理が多いメニューです。
ここも込んでいて、ウエイトレスは疲れた顔をして、注文しても返事もしません。
壁にはテレビ番組に登場した写真やら色紙やらがいっぱい。
 それにしても店内は、お世辞にもきれいとはいえません。
凝った造りだったのでしょうが、出てきた料理の貧弱なこと、お値段の高いこと、
待たせること、ダメの見本みたい。
 二度と行きません。

 もちろん例外はあります。
 沼津港魚市場前の「いそはる」は、いわし料理の専門店ですが、
テレビ番組によく出てきます。
 態度のでかいのを除けば、味とお値段はお奨めです。
ちょっと遠いのが難ですが。西伊豆に出かけると、必ず寄ります。

 それにしてもゴールデンウィークなぞ、出かけるものではありませんなー。
                       (了)
                2008.05.25

      **************************Photo_3
写真-1 魚座の金目鯛煮付定食 ¥1500;-くらい
写真-2 がらんとした魚市場に女が一人
写真-3 雨の真鶴港・・・魚座のテラスから

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2009年11月 4日 (水)

入間航空祭に行ってきました

昨日(11/3)は、快晴の航空自衛隊入間基地航空祭に行ってきました。
すごい人出。飛行機は良いですねー、やっぱしー。
快晴の青空を切り裂いて、見事な演技を見せるブルーインパルスの妙技には、Photo
感動すら覚えます。
小さなコンデジでは、このあたりが限度でしょう。

持っていたのが小さなコンデジですので、写真は腕自慢の方が発表して下さるでしょう。
ちょっと毛色を変えて、アルバム「プロペラものがたり」をアップしました。
人に表情があるように、飛行機のプロペラやヘリコプターのローターブレードにも、C130
様々な顔立ちがあります。よろしかったら、どうぞお立ち寄り下さい。
(会員制SNS趣味人倶楽部のページですが、見るだけなら誰にも見られます)
http://smcb.jp/_as01?album_id=345306

今日を最後のお勤めとする、救難ヘリコプター川崎バートルKV-107が、
元気なフライトを見せてくれました。
40年の長きにわたり、今までどれほど多くの人命が救われてきたでしょうか。
Kv107 本当にご苦労様。

川崎OH-1観測ヘリコプターは、エンジンともに純国産です。
エンジンは三菱製で、機体もエンジンも作れる国は、世界でもそう多くはありません。
ただ軍用機としては優れているのでしょうが、民間機として商売になるかというと、
また別問題です。Oh1

写真-1 ブルーインパルスの演技
写真-2 ロッキードC-130の巨大なプロペラ
写真-3 救いの神、救難ヘリコプターKV-107
写真-4 機体、エンジンとも国産のOH-1ヘリコプター

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2009年11月 2日 (月)

家族同士のエコ旅行

ご町内に、長く家族同士でお付合いのご夫婦がいて、
もう結婚している子供たちが、小学生のころからです。
今でも飲み会や年に1回くらい、家族旅行を楽しんでおります。
昨年は下田東急ホテル2泊でした。
今回は10月26日から、熱海に2泊のエコノミー旅行を企みました。

車も新幹線も使わず、湘南新宿ラインの特別快速グリーン車にしました。Photo_2
池袋からですと、新幹線や特急利用と時間はほとんど変わりません。Photo
台風20号の影響で初日は雨。
真鶴で下車して、魚市場の漁協直営のレストランで昼食。
いただきモノの¥4,000;-の金券、記念品、遊覧船の招待券など、エコに徹して・・・ 
残念ながら、真鶴港遊覧船は欠航でした。

熱海の宿は、健康保険組合の直営保養所、本人と家族は1泊2食¥3,100;-という安さ。同行の部外者でも¥6,100;-。
来年3月末で閉鎖になるので、初めて使いました。
なんだか0系新幹線と同じで、無くなるとなると急に使ってみたくなります。Photo_3
熱海駅背後の高台にあり、部屋は簡素ですが、眺望は抜群で清潔。
平日のせいもあってか、私たちだけの貸切状態。もちろん温泉かけ流し。
ビール大瓶¥340;-酒屋より安い。

夕食は海鮮寄せ鍋と、¥5,000;-で追加した伊勢えびつきの豪華な船盛、
年配夫婦2家族では食べ切れません。
2泊目の和定食も十分な質と量でした。
周囲は住宅街で、妖しげな所や艶っぽい雰囲気は、まったく何もありません。

翌日は沼津までお散歩。
熱海から普通電車で20分ですが、丹那トンネルを抜けると、遠くに来た感じがします。Photo_4
沼津港魚市場前の磯はるはイワシ料理の専門店で、こちらに来ると必ず寄ります。
特にカタクチいわしのお刺身と、いわしの味噌煮は絶品です。
沼津の街歩きを楽しみました。観光地臭くないのが、旅情をそそります。
親切でチャーミングな、JRの女車掌さんが印象に残りました。 
熱海に戻ってカラオケでひと騒ぎ。

3日目は熱海の街をウォーキング。
かつての団体旅行と芸者と宴会の定番温泉も、すっかり寂れましたね。Photo_6
時代の変化についてゆけなかったのでしょう。美しい風景は変わりませんが。
帰りも湘南新宿ラインのグリーン車で衆議一決。
我が家の2人は大人の休日(30%オフ…グリーン車も)をフルに使いました。Photo_5

エコノミーに徹しながら豪華?な家族旅行でありました。
なお、添付写真の他アルバムにも写真をアップしてあります。
残念ながらチャーミングな車掌さんの、正面の写真を撮り損ねました。

写真-1 熱海行湘南電車のグリーン車室内
写真-2 真鶴魚座レストランの刺身定食 
写真-3 伊勢えびの付いた豪華な船盛
写真-4 JR東海のチャーミングな車掌さん・・・沼津駅 
写真-5 磯はるでは、こんな嬉しい心遣いも・・・60歳以上のお客様には割引
写真-6 沼津磯はるのいわし定食・・・カタクチいわしの刺身は絶品
 
 

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2009年10月29日 (木)

当て逃げ?

車ぶつけちゃった! と女房殿が青い顔して帰ってきた。
「怪我は?」と私。
どうやらぶつけるというより、こすった程度らしい。ある公共施設の駐車場を、
バックで出ようとして駐車中の他の車に、あてたそうだ。
凹んではいないが、相手の車の塗料が・・・ということは、相手の車にも?

びっくりして、とりあえず帰ってきたとか。
「だってケータイしても出ないしー」
保険会社に相談した。
「相手の連絡先をつかんで下さい。後の交渉は保険会社がします」
というので、女房殿に再度行かせた。
相手の車は、すでにいなかったという。施設の事務所に訳を話して、
連絡先を伝えておいた。

良心の呵責に耐えかねて?もあるが、実は保険会社は
「相手がわかれば、修理します。お宅の車の修理代もナントカしますよ」と
いってくれたので、相手がわかった方がよい。
10日間待ったが、連絡はなかった。
「当施設に御用のない方の駐車はご遠慮下さい」
の張り紙があったそうだが、御用のない車だったのかも知れない。

泣く泣くウン万円の修理代は自費持ち出し。
保険会社は、相手が判らないと、現契約の保険内容では、適用しようが無いという。
「アンタ払えよ」「いいけど出どこ一緒じゃない」
しゃーねーなぁ。
何処のどなたか、ゴメンナサイ。
当方には補償の意思はあったのですよ。

   ****** 今回は写真はゴザイマセン *********

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2009年10月18日 (日)

0088 しぶとく生残っています

S76a これまでの人生には、死に損なったことが
幾度かありました。
また、仕事上の仲間4人の内、3人までが病気や事故で
亡くなり、私だけが現在までしぶとく生残っています。

このエッセイは、断片自分史「生残ったシリーズ」として
書いたもののひとつで、2007年3月の作品です。
他の死に損ないの記録のいくつかは、このブログにも
アップしました。ラストにURLを載せておきます。

つい先日松山空港で、小型機が脚を出し忘れて、胴体着陸をしました。
2007年3月には、高知空港で前輪の出なくなった旅客機が、無事着陸しました。
着陸しようとして、脚が出なかったら怖いですよー!!
そんなお話しも入っています。

    *****************************

      「生き残った(1)」

 去る3月13日高知空港での、プロペラ旅客機(ボンバルディアDHC-8)の胴体着陸は
まだ記憶に新しいが、私にも似たような経験がある。
VIPを乗せたヘリコプターで、着陸時に脚が出なかった。

 操縦席で脚下げ操作をすると、3個のグリーンのライトが点灯し、脚が降りて
ロックされたことをパイロットに知らせてくれるのだが、左主脚のライトが点かない。
ギア・アップ、ダウンの操作を何度繰り返しても同じ。
パネルを手でひっぱたいたり、ライトの球切れもチェックした。S762

 頭上で巨大な回転翼をまわすヘリコプターでは、片脚で着地したら
機体が傾いてローターが地面を叩き、転覆する。
 H機長と顔を見合わせ、新潟県苗場の着陸地上空で旋回しながら
時間を稼ぎ、地上から双眼鏡で確認してもらった。
脚は下りているが、ロックされているかどうかは判らないという。
 ギアレバーを握る私の手は、冷や汗でじっとりしてきた。

 「どうかしたのか?」と客席からVIPがインターホーンで聞いてきた。
「只今、着陸地の状態を確認しております」と答える機長の声は落ち着いていた。
 脚のアップ・ダウン操作を10数回繰り返しただろうか、突然馬鹿にしたように
スコンとライトが点いた。
 着陸しVIPが去ってから、どっと疲れが出た。
基地に帰ってから、徹底的に原因調査をしたのはいうまでもない。

 平成2年8月、このヘリが箱根山中で霧のため視界を失い、二子山山腹に激突して
乗員2名が死亡した。機長H.F、整備士O.Sである。
箱根のヘリポートでVIPを乗せ、軽井沢に向かう予定であった。
私はその半年前に、この任務から池袋サンシャイン60の運航本部に配転になっている。

 ちなみにこのヘリのオーナーであるVIPとは、S財閥グループの総帥T.Y氏。
 後任者のO.Sは同じ大学の後輩で、私自身が教官となって、この型のヘリの
訓練をした。まじめな努力家で、英語が得意。駄じゃれが好きで、
よく周囲を笑わせていた。

 当時世界最新鋭であったこのヘリは日本の第1号機で、乗員の訓練には
アメリカのフロリダにあるシコルスキー社に、操縦士2名整備士2名が派遣された。
操縦士はHとE、整備士はKと私である。現在この型のヘリは、民間はもとより
警察や自治体で広く使われているが、私達4人が日本の第1期生であった。

 平成4年、Eは中国天津で、中国人パイロットの指導教官として乗務中、S76c
石油リグに接触し墜落死亡した。着陸寸前にクレーンが不用意に、
ヘリパッドに伸びてきたのが原因であった。
 嫌煙家のKは53歳のとき、肺がんで1年余の闘病の末、
都内ガンセンターで亡くなった。
 第1期生4人のうち、3人までがすでに亡くなって、
私だけがしぶとく生き残っている。

                                         (了)
            (2007.03.31)

       *****************************

写真-1 このお話しに出てくる機体(副操縦席が私です)
写真-2 同じ機種の地上のもの(東京へリポートにて)
写真-3 同じ機種の最新型(朝日航洋カレンダーから)

ソロセーリング中に、ヨットから転落しました。
エンジンを掛けていたから、フネは勝手に走っていってしまう・・・
詳細はこちらにあります。
http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/0070-8bdc-2.html

インドネシアの奥地、洋上飛行中の単発ヘリでエンジントラブル・・・
もっともシリアスな生き残り。
詳細はこちらにあります。
http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/0057-31c4.html

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2009年10月17日 (土)

お粗末なパフォーマンス

前原国土交通大臣の羽田ハブ空港化構想、千葉県のKY知事は、ハブ空港の意味が
全く判っていない。
最初は勢い良く吼えていたが、昨日国土交通大臣と面談して、アッサリ一件落着?
知事として「何かやってるぞーっ」とアピールするためのパフォーマンス
だったのかもしれないが、無知をさらけ出したようなもの。
それとも、わざとKYをかぶってゴタゴタを未然に防止したというなら、
大した役者なのだが・・・。

国内線空港と国際線空港を分離しているケースは、外国でもママあるが、Dc8244
乗り換えに陸路で2時間というのは、まず聞かない。
そんな面倒くさいことをするなら、日本の地方都市へ直接乗り換えの出来る、
韓国のインチョン空港へ行ってしまう。
かくして成田は、そして日本の経済は地盤低下して行く。
羽田ハブ空港化は当然のことなのだ。

写真は本文とは関係ありません。

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2009年10月13日 (火)

ラージャー・パイロット

今度は徳島空港で昨日(10月11日)昼前、管制官の指示と異なる誘導路に入り込んだ
小型機が、工事中の現場にはまり込んで動けなくなりました。
新聞には機種は書いてありませんが、パイパー・マリブのようです。
やはり滑走路閉鎖で、定期便が欠航したとか。

コントロールタワーとの無線交信をATC(Air Traffic Control)といいますが、
これが苦手なパイロットは案外います。
プロのヘリコプター・パイロットでも、これがいやで空港を避けて、場外離着陸場で
燃料補給する人もいるくらいです。

インドネシアの現地合弁企業で勤務中、バリックパパンのスピンガン空港
先任航空管制Ata206b1 官から、呼び出しを受けたことがありました。
「最近赴任した貴社の日本人パイロットで、ATCを
理解しないものがいる。早急にご処置を願いたい」
というものでした。
「管制官の指示を、何でもラジャー(了解)と
返答するが、何もわかっていない」というのです。

この少し前、このパイロットの乗務する機体の
着陸進入に対し、定期便の着陸機がいるので、
ホールディング(待機)を命じたが、ラジャーといったまま
進入し、定期便にゴーアラウンド(着陸復航)させたそうです。

その後、他の空港でも同様のインシデント(事故に至る恐れのある出来事)があり、
DCA(インドネシア航空局)から、国内各空港先任管制官にアラート・ノーティス
(警告回状)が回されました。
「ATCを理解しない日本人パイロットがいるので気をつけろ」
というものです。

親会社から来た、かなり年配のこのパイロットに、急にATCを巧くなれといっても
無理な話です。
この回状のコピーを入手して、私は社長に交代してもらうよう、
親会社と交渉することを進言ました。
このため、一部の人からかなり恨まれたことがあります。
このパイロットが、インドネシアの子会社へ物見遊山に来た、
とは思いたくありませんでしたが・・・。

写真はバリックパパン・スピンガン空港のベル206Bヘリコプターです。

         *********************************

さて、ATC=英語、ゆえにパイロットは誰でも英会話が達者、というのは幻想です。
ATCと英会話は異なります。
あるパイロットによると「八百屋の符丁のようなもの」だそうです。
つまりATCは極力正確に伝わるように、パターン化されているのですね。
タワーの管制官も、パターン以外の応答には一瞬タイムラグがあります。

私が八尾空港に勤務中、アメリカ製最新鋭機のデモフライトがありました。
私がアテンドしましたが、CABの許可条件が「日本人が副操縦士として搭乗し、
ATCを担当するなら許可する」
というものでした。
つまり、タワーの管制官もアメリカ人パイロットのATCには、自信がなかったのだろうと、
ニヤリとしました。

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2009年10月12日 (月)

ついウッカリの胴体着陸

昨日(10月10日)の午後、松山空港で自家用機のパイパーPA-26R軽飛行機が、胴体着陸をしました。
脚を出し忘れたそうです。乗員2名に怪我はなかったようですが、滑走路は3時間
にわたり閉鎖、定期便の旅客機が何便か欠航になったようです。

ついうっかりミスらしいのですが、もちろん脚出し忘れ警報装置はあります。
通常は一定速度以下で脚が出ていないと、ブザーと赤ランプで警告し、操縦桿に
振動を与えて知らせるものもあります。
面白いことに(かどうか)、引き込み脚のヘリコプターにもこれらの装置はあります。
防災ヘリのAS365やS-76が、人命救助の訓練中に脚を下ろしているのはこのためです。
ブザーは無線交信の支障になりますから消せますが、赤ランプは脚を下ろすまで
消せません。
コックピットで脚の状態を見るのは、ギアーライト(グリーン)が点灯していれば
脚下げロック状態。
任務あるいは離陸完了して、ギアーアップすると3つのグリーンライトは消灯します。
操作レバーはほとんどの機種で、正副操縦士の間にあります。

ことほど左様に、脚の下ろし忘れは結構あるものですが、これだけウォーニングが
付いていても、注意が向いていないと忘れるものらしいですね。

5年ほど前、花巻空港で報道取材待機で勤務していたとき、ある自家用機A36
(ビーチクラフトA-36)が、脚を出し忘れ胴体着陸しました。
幸いけが人はありませんでしたが、滑走路は閉鎖。
私は航空局に依頼されて、現場検証に立ち会いました。
確かにギアレバーはアップのままでした。
乗っていたのは、明らかにご夫婦とは思えないカップル。
「どうかご内聞に」といわれましたが、マスコミも来てるし、
それは私の役目じゃありません。

サテその後どうなりましたやら。
そして、今回も含めて「ついウッカリ」のツケが、どのくらいになるものやら、
ひと事ながら気になります。

ビーチクラフト機の写真は、あるHPより拝借しました。

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2009年10月10日 (土)

日記のようなもの

1 その1 デジタルシニア

ある民放テレビを見ていたら、PCを使いまくっているお年寄り(61歳以上)を、
デジタルシニアと呼ぶのだそうです。
言い得て妙、ですね。
デジタルシニア率は20数%だそうです。
私の勝手な感想ですが、PCの使えるシニアはそれだけで、そうでない人の何倍も
お幸せですよ。

その2 スーパー・ブランドの発泡酒

つい先日オープンした新しい駅ビルのスーパーで、プライム・ドラフトなる韓国製の
発泡酒を見つけました。¥99;-(350ml)ナリ。
グリーンとブルーのラベルがありますが、どう違うのかまったく判りません。
新聞にも出ておりましたが、いくつかのスーパーが共同で、韓国で作らせたものとか。
お味はまぁそれなり。あまりホップが利いてなく、ビールというよりジュースに近い感じ、
でも一応は酔います。

その3 孫に引かれて鉄道博物館

3歳の孫(男の子)の約束で、大宮鉄道博物館に行きました。Photo
往路は埼京線の人身事故の影響で、乗った電車が途中の駅で止まること1時間半、
待ちくたびれました。
孫は博物館でもう夢中。平日でもこれだけの入りですから、この博物館は大成功ですね。
D-51の運転シミュレータや他の電車のシミュレータも、大きな坊やでいっぱいでした。

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2009年10月 6日 (火)

0087 動体視力・・・雑誌連載第10回

1 月刊雑誌「ヘリコプター・ジャパン」8月号に掲載された記事です。
農薬散布中の写真は、同誌グラビアより拝借したもので、本文とは関係ありません。
航空機がこれほど超低空で仕事をする、などとは普通の人には考えられないことでしょう。
かつてもてはやされた水田の農薬散布も、社会的な風潮で下火となり、また最近では
ラジコンヘリに代わられるようになりました。

    ****************************
 ある名人パイロットのお話をご紹介しましょう。
 有名な坂井三郎空戦記録に、ゼロ戦の編隊で一番機坂井、二番機US、三番機OJと
出てきます。このUS氏が「動体視力」の主人公です。
三番機のOJ氏は「ほとけのジュンさん」として、私のブログ「ロスミナの風」の
2008年12月バックナンバーにアップしてあります。
本編はいわばその姉妹編であります。
 よろしかったら、どうぞお立ち寄り下さい。

http://rusmina-2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/0045.html

ゼロ戦52型は靖国神社博物館のものが、保存状態も非常に良く、入り口のホールに
ありますので、入館しなくても見られます。

    ******************************

 ヘリコプター操縦士・故U・S氏は海軍ゼロ戦の生き残りである。
飛行機を操縦するために生まれてきたような、職人気質の飛び屋で、飛ぶ事が
真から好きだった。

 気性は激しく短気で頑固、気難しく自分勝手でけちん坊、痩身小柄な風貌はネズミを
連想させる。一応管理職であったが管理能力などまるで無い。
 しかし名人芸の操縦技術は作業効率が高く、顧客の信頼は絶大で、会社にとっては
貴重な稼げるパイロットであった。

 小型ヘリコプターでは、普通操縦士と整備士がクルーを組んで仕事に就くのだが、206b1
彼と組むのは誰もが嫌がった。出張ともなると何週間か寝食を共にする。
時としては操縦や整備の訓練生がOJT(実務訓練)として加わる事もある。

 私たちはウエさんと呼んでいたが、名パイロット必ずしも名教官とは限らない。
「俺は教えないから、俺から技術を盗め!」と公言してはばからない位だから、殆んど
鬼教官であったろう。事実もの陰で悔し泣きしている若いパイロットを、何度慰めた事か。

 ある仕事でクルーを組んで、私はウエさんの操縦の荒いのに驚いた。これでは機体を
壊してしまう。注意すると「俺の操縦は荒いんじゃない。操作が大きいんだ」という。
 揚句の果てに「お前という整備士は使わない! 交代させる」となった。
相手は私より一回り以上年上の、課長職である。

 私は当時30台半ばで、仕事にも乗り切っていた。「冗談じゃない。アンタに使われて
いるんじゃない。会社に使われているんだ」とやり返した。
 後で知った事だが、私の上司は「アイツなら何とかするだろう」と私にウエさんの
お守りを押し付けたらしい。
 結果としては成功したようだ。お互いに短気だが、相手の技量に対する敬意のような
ものは認めざるを得ない。和解すると急速に親しくなった。

 あるとき出張が終わり、大阪から新幹線で帰京した。
「話し掛けるな!」と鋭い声にいささかムッとしたが、なんと「ひかり」の通過する駅の
駅名を読んでいるらしい。動体視力と集中力の鍛錬だという。
当時の小型ヘリの速度は、新幹線にほぼ等しい。

 広辞苑によると、動体視力とは「動体を見分ける能力で、視力、視野、反射神経に206b2
関係する」とある。
 後で「流石にプロですな」というと「俺には学歴が無いからな」と、ほろ苦く笑っていた。
 勤務先の朝日航洋を定年退職したウエさんは、別の小さなヘリ会社に入って飛び続け、昭和59年夏、栃木県下で農薬散布飛行中、山間に張った荷物輸送用の索道に接触して墜落し殉職した。
 享年71歳。
「空で死ねれば本望さ」と笑っていた操縦の鬼も、歳には勝てなかったのだろうか。         
                      
                                        (了)
              2004.02.08

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本編は、もともとは文章教室の「〇〇のオニ」という課題に応じて、発表したものです。

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